空想日記

4月30日:果てなき広場への開放

2026年1月16日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

ジュネーヴの春は、まだ冬の名残を孕んだ冷気がスイスとフランスの国境を越えて吹き抜けてくる。今朝のCERNは、いつになく静かだった。地下数百メートルに横たわる巨大な加速器が、宇宙の起源を探るべく陽子を衝突させ続けている。その傍らで、私たちはもう一つの、そしておそらくは物理学の成果と同じくらいに巨大な、あるいはそれを凌駕するかもしれない歴史の分岐点に立ち会っていた。

私のデスクの上に鎮座するNeXTワークステーションの、あの無機質でマットな黒い立方体を見つめる。画面には、ティムが数年前から心血を注いできた「ワールド・ワイド・ウェブ」のソースコードが表示されていた。ハイパーテキストを使って、世界中の情報を蜘蛛の巣のように繋ぎ合わせるという彼の構想は、当初、組織内でも一部の物好きのプロジェクトに過ぎないと見られていた。しかし、今日この日を境に、それは私たちCERNの私有物ではなくなり、人類全体の共有財産となる。

午前中、事務手続きは淡々と、拍子抜けするほど静かに進行した。ロバート・カイリューが持ち込んだ書類には、「パブリックドメイン」という言葉が明確に記されていた。著作権を主張せず、ライセンス料も徴収せず、誰もがこの技術を自由に使い、改良し、拡張することを許可する。この決断がどれほど重いものか、今この研究棟の廊下を歩いている同僚たちの何人が理解しているだろうか。

昼下がり、カフェテリアで飲んだコーヒーはいつも通り苦く、紙コップからは微かにプラスチックの匂いがした。窓の外にはモンブランの山頂が白く輝いている。ティムと短い会話を交わしたが、彼は特別に高揚している風でもなく、ただ「これでようやく、本当の仕事が始まる」とだけ言った。彼の目は、目の前のモニターではなく、まだ見ぬ数千万人、数億人のユーザーが織りなす未来のネットワークを見つめているようだった。

これまで、コンピュータ間の通信は専門家のための特権的な技術だった。コマンドを打ち込み、複雑なプロトコルを理解しなければ、情報の海に漕ぎ出すことはできなかった。しかし、今日解禁されたこの技術は、誰にでも扉を開く。テキストをクリックするだけで、地球の裏側にある文書が手元の画面に現れる。その魔法のような簡便さが、国境も、階層も、知識の壁も取り払っていく。

夕刻、オフィスに戻り、私は自分の端末からサーバーにアクセスした。ソースコードが世界に向けて公開された瞬間、何かが音を立てて変わったわけではない。しかし、キーボードを叩く指先に、言いようのない震えを感じた。この瞬間、私たちの手から放たれた「蜘蛛の巣」は、私の想像も及ばない場所へと伸びていくだろう。

研究者たちが論文を共有するための道具は、やがて恋人たちの囁きを運び、商人の取引を支え、あるいは孤独な魂を繋ぐ広場になるのかもしれない。同時に、それは制御不能な情報の氾濫を招き、既存の秩序を根底から揺さぶる劇薬にもなり得る。それでも、ティムが選んだのは「開放」だった。知識は一部の権力者が独占するものではなく、太陽の光のように等しく降り注ぐべきだという、科学者としての高潔な信念がそこにはあった。

夜になり、研究棟を後にする。駐車場の冷たい空気の中で大きく息を吸い込むと、肺の奥まで清涼な風が入り込んできた。暗闇の中に浮かぶCERNの灯りを見上げながら、私は確信していた。今日、私たちは物理的な宇宙の中に、もう一つの無限の宇宙を創り出したのだ。その宇宙には、もはや境界線など存在しない。

数十年後の人々が、1993年のこの日をどう振り返るのかは分からない。しかし、私は日記に記しておこう。今日、世界は決定的に広くなった。そして、私たちはその広大な新世界の、最初の一歩を踏み出したのだと。

参考にした出来事:1993年4月30日、欧州原子核研究機構(CERN)がWorld Wide Web(WWW)の技術をパブリックドメインとして公開。ティム・バーナーズ=リーが開発したこのシステムが、ライセンス料なしで誰でも自由に利用可能になったことで、インターネットが爆発的に普及する決定的な契機となった。