【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
春の陽光が、私の乾いた項を容赦なく焼き始めている。メロス島の土壌は痩せているが、私の背骨が折れぬ限り、この大地を耕し、家族に食わせるための作物を育てねばならぬ。古い劇場の跡地に近いこの斜面を、私はいつものように鋤で掘り起こしていた。石灰岩の礫と格闘し、無価値な石を放り投げる。それが今日という一日、いや、私の単調な人生の繰り返しであるはずだった。
正午も近い頃、私の鋤の先が、今まで経験したことのない奇妙な手応えを捉えた。土の柔らかさの中に、突如として硬質な、それでいて絹のように滑らかな「何か」が潜んでいるのを感じたのだ。最初は、ただの大きな建築用の石材だと思った。だが、その表面を覆う土を、震える指先で少しずつ払い除けていったとき、私の心臓は肋骨を叩き始めた。
現れたのは、土の色に汚れてはいながらも、紛れもない大理石の肌だった。しかも、それは平坦な石ではない。人間の滑らかな腰の曲線を、神業のような精度で刻んだ肉体の断片だった。私は我を忘れ、狂ったように両手で土を掻き出した。爪の間に湿った土が入り込み、指先から血が滲んだが、痛みなど感じなかった。
そこには、二つの大きな塊に分かれた、女の像が眠っていた。
まず目に入ったのは、腰から下を包む優美な裳の襞である。石であることを疑いたくなるほど、その布の表現は風に揺れているかの如く軽やかで、重厚な陰影を落としていた。そして、その傍らに横たわっていた上半身。それは、この世の如何なる女性も持ち得ぬほど完璧な均衡を保った、裸身のトルソであった。
私は呆然と立ち尽くし、ただその像を見つめることしかできなかった。エーゲ海の突き抜けるような青空の下、数千年の眠りから覚めたばかりの白い肢体は、眩いばかりの光を放っている。腕は失われ、表面には僅かな傷があったが、その欠落さえもが、この像の神聖さを際立たせているように思えた。それは単なる偶像ではない。石の中に閉じ込められていた生命が、今、私の目の前で呼吸を再開したかのような、圧倒的な存在感であった。
「これは……アプロディテか」
誰に言うでもなく、私の唇から言葉が漏れた。太古の神話が、この荒れ果てた畑の泥の中から立ち上がったのだ。
その時、近くを通りかかったフランス海軍の若き将校、ヴーティエがこちらに気づき、早足で駆け寄ってきた。彼の顔から血の気が失せ、やがて驚愕に目を見開くのを見た。彼は私のような農夫とは違い、この石の塊が持つ「価値」を瞬時に理解したのだろう。彼は手帳を取り出し、震える手でその像の写生を始めた。
私は突然、言い知れぬ不安に襲われた。この美しすぎる女神は、我ら貧しき島民の手に負えるものではない。それは遠く文明を自称する異国の人々の野心と、計り知れぬ金銀の渦に巻き込まれていくであろう予感があった。女神の顔は、どこか遠くを見つめるように冷徹で、かつ慈悲深く、掘り起こした私を一瞥だにしなかった。
夕暮れが迫り、大理石の白い肌は橙色の残照を浴びて、まるで血が通ったかのように赤らんで見えた。私は自分の汚れた手を、その冷たい肩にそっと置いた。これほどまでに美しいものが、かつてこの大地を歩いていた人間によって造られたという事実に、私は震えた。
明日になれば、噂は島中に広まり、役人や商人が群がってくるだろう。私の静かな生活は、この女神の出現とともに終わりを告げるのかもしれない。だが、この瞬間、土の匂いと潮風の中で、私が世界で初めてこの「美」を再発見した当事者であるという誇りは、生涯消えることはないだろう。
私は、再び女神が土に還ってしまわぬよう、上着を脱いでその冷たい胸を覆った。地平線の向こうに太陽が沈み、メロスの山々に夜の帳が降りる中、私はただ一柱の神を、この畑で見守り続けていた。
参考にした出来事:1820年4月8日、ミロのヴィーナスの発見
ギリシャのエーゲ海に位置するメロス島(ミロ島)で、農夫ヨルゴス・ケントロタスが、古代の劇場の近くで土地を耕していた際に、偶然にも大理石製の美しい女性像を発見した。この像は後に「ミロのヴィーナス」と呼ばれ、紀元前2世紀頃のヘレニズム期の傑作とされる。発見現場には、フランス海軍の士官オリヴィエ・ヴーティエも居合わせており、その価値を認め、後にフランス大使などの尽力によってフランス国王ルイ18世に献上され、現在はパリのルーヴル美術館に収蔵されている。