空想日記

5月9日: 白い円冠への飛翔

2026年1月17日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

1926年5月9日、キングスベイ
午前一時。まだ夜の帳が降りたままのスピッツベルゲン島で、凍てつく空気に包まれながら私はこの日記帳を開いている。鉛色の空には星がまばらに瞬き、我らが「ジョセフィン・フォード号」が、その巨大な翼を広げて出発の時を待っている。
機体はフォッカーF.VIIa/3m。三つのライコミングエンジンが剥き出しのまま、冬の置き土産のような冷気の中で震えている。整備士たちが、凝固したオイルと格闘しながら、懸命に予熱作業を続けているのが見える。吐く息は白く、瞬く間に凍てつく。指先の感覚は既に麻痺しており、革手袋の上からでも金属の冷たさが骨身に染み入る。

フロイド・ベネットが隣で、最後の点検リストを読み上げている。彼の顔には緊張と興奮が入り混じった複雑な表情が浮かんでいるが、その目は揺るぎない決意に満ちている。私は航法士として、彼の操縦に全てを委ねる。この白い極北の荒野で、たった一本の針と太陽だけを頼りに、人類未踏の地を目指すのだ。

午前二時五十分。いよいよ離陸の時が来た。三つのエンジンが同時に咆哮を上げ、大地を揺るがす。轟音が鼓膜を突き刺し、機体が振動する。ベネットが操縦桿を握り、ゆっくりと機体が滑走路を進む。氷点下の風が胴体を叩き、プロペラが巻き上げる雪煙が視界を遮る。胃の腑が掴まれるような感覚に襲われる。
加速。さらに加速。そして、ふわりと、重い機体が大地を離れた。振動がいくぶん和らぎ、代わりに浮遊感が全身を包む。眼下に広がるキングスベイの基地が、あっという間に小さくなっていく。
私は早速、六分儀を覗き込み、太陽コンパスの針と格闘する。磁気偏差、風の影響、地球の湾曲、すべてを計算に入れなければならない。この広大な白い世界で方向を見失うことは、死を意味する。眼下の氷原は、どこまでも同じ色、同じ模様で続く。雲と氷の境界線が曖昧で、水平線すらも定かではない。

高度二千フィート。外界の気温は零下三十度を下回るだろう。機内も冷え込み、指先がかじかむ。時折、エンジンの音が乱れるたびに、心臓が跳ね上がる。燃料計の針は無情にも刻々と減り続け、時間との戦いを告げている。無線機からは、わずかなノイズと、遠くの基地からの不鮮明な信号が聞こえるだけだ。私はひたすら方位と速度を確認し、地図上の目盛を睨みつける。
ベネットが隣で、集中した面持ちで操縦桿を微調整している。時折、視線を交わし、互いの健在を確認する。言葉は要らない。この孤独な飛行では、視線だけで多くを語り合う。

午前九時三月。突如、計器の針が狂ったように踊り始めた。磁気コンパスはほとんど使い物にならない。太陽コンパスと計算、そして直感だけが頼りだ。私たちは、まさに今、地球の頂点、北緯90度に差し掛かっている。
私は身を乗り出し、窓の外を見る。果てしなく続く白い平原。氷山一つない、穏やかな、しかし圧倒的な広がり。周囲360度、どこを見ても「南」なのだ。この場所では、全ての方向が南に向かっている。
私は興奮と畏敬の念で胸がいっぱいになった。人類がその足で踏み入ることも困難だったこの場所に、今、私たちは空から到達した。歴史の扉が、我々の手によって開かれたのだ。
ベネットが、事前に用意しておいたアメリカ国旗とノルウェー国旗を抱え、窓から白い世界へと投下した。旗は風に舞い、はるか下の大地へと吸い込まれていった。あの旗は、この白い円冠の頂点で、未来永劫、我々の挑戦の証として横たわるだろう。

北極点上空での滞空はわずか十三分。燃料と時間の制約が、長時間の歓喜を許さない。私たちは旋回し、来た道を戻る。疲労がどっと押し寄せるが、任務はまだ終わっていない。無事に基地へ帰還して初めて、この偉業は完成するのだ。

午後二時。スピッツベルゲン島の山々が、遠く水平線にその姿を現した時、全身の力が抜けるような安堵が私を包んだ。凍てついた機内にも、どこか暖かいものが流れ込むようだ。エンジンの音はまだ轟いているが、それはもう恐怖ではなく、頼もしい生命の鼓動のように聞こえる。
そして、午後二時三十分。我々のジョセフィン・フォード号は、無事にキングスベイの滑走路に着陸した。待ち構えていたクルーや記者たちが歓声を上げ、こちらへ駆け寄ってくる。
機体を降りた瞬間、地上の冷気は、もはや何とも感じられなかった。ただ、地球を貫くような、張り詰めた緊張が解き放たれ、全身を駆け巡る高揚感と、言いようのない疲労だけがあった。

今、日が傾き始めた部屋で、私はこの日の出来事を記している。私たちは世界で初めて、空から北極点へと到達した。この信じられないような一日を、私は生涯忘れることはないだろう。これは、人類の可能性を示す、小さくも偉大な一歩だと信じている。そして、この成功は、私たちを支え、信頼してくれた全ての人々への感謝とともに、極北の白い大空に深く刻み込まれたのだ。

参考にした出来事
1926年5月9日:リチャード・バードが世界で初めて北極点上空の飛行に成功(発表当時)