【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
一九四七年六月二十四日、火曜日。ワシントン州の上空。
愛機のコールエアA-2の操縦桿を握る私の手は、微かなエンジンの振動を心地よく伝えていた。チェヘイリスの飛行場を飛び立ち、ヤキマへと向かう高度九千フィートの旅路は、初夏の澄み渡った空気のおかげで、この上なく快適なものになるはずだった。コックピットの風防越しに見えるカスケード山脈の山嶺は、残雪の白さを眩しく照り返し、まるで神々の作り上げた彫刻のように厳かにそびえ立っている。
午後二時五十分を回った頃だった。私は行方不明になっている海兵隊のC-46輸送機の残骸を探すため、進路をレーニア山の方向へわずかに転じた。五千ドルの懸賞金もさることながら、遭難した若者たちの安否が気にかかっていたのだ。
突然、左側の視界に走った鋭い閃光が、私の思考を遮断した。鏡で太陽光を反射させたような、あまりにも強烈な青白い輝き。私は思わず目を細め、コックピットの窓を開けて直接外を確かめた。最初は付近を飛んでいる別の飛行機の仕業かと思ったが、そこにいたのは私の機体だけだったはずだ。
次の瞬間、私の目は信じがたい光景を捉えた。
レーニア山の北側、およそ高度九千五百フィートの空域を、九つの奇妙な物体が隊列を組んで飛行していた。それらは鏡面仕上げを施したかのように銀色に輝き、凄まじい速度で南へと向かっている。物体は尾翼のない、扁平な三日月形、あるいは円形に近い独特の形状をしていた。
私は目を擦った。幻覚ではない。確かにそこに存在している。物体はまるで、水面を跳ねる皿のように、上下に激しく揺れながら飛んでいた。その動きは既存の航空力学では説明のつかない、不規則で軽やかな跳躍のようだった。私は手元の時計で、マウント・レーニアからマウント・アダムスまでの飛行時間を計測した。距離にして約五十マイル。それを彼らはわずか一分四十二秒で駆け抜けた。時速に換算すれば千二百マイルを超える。当時最速のジェット機でさえ、その半分も出せはしないはずだ。
心臓の鼓動が耳の奥で激しく打ち鳴らされるのを感じた。あれは軍の極秘試作機だろうか。それとも、私が知らない何かがこの空を支配し始めたのだろうか。冷たい汗が背筋を伝い、操縦席の革の匂いが急に鼻につくようになった。物体が発する反射光は、一キロ以上離れた私の目を焼くほどに強く、直視し続けるのが困難なほどだった。
ヤキマの飛行場に着陸したとき、私の膝はまだ小さく震えていた。管理人のアル・バクスターにこの出来事を話したとき、自分の声が上ずっているのが分かった。彼は最初、冗談だと思って笑っていたが、私の顔があまりに真剣であることに気づくと、表情を強張らせた。
「ケネス、君が見たのは……皿(ソーサー)が水の上を跳ねるような動きだったと言ったのか?」
その言葉が、のちに世界を震撼させる呼び名を生むことになるとは、その時の私には知る由もなかった。私はただ、あの青白い閃光と、物理法則をあざ笑うかのような軽やかな跳躍が、網膜に焼き付いて離れなかった。平和な青空は、あの日を境に、未知の恐怖と期待を孕んだ巨大なキャンバスへと変貌してしまったのだ。
今、ホテルの部屋でペンを走らせているが、窓の外の夜空が妙に騒がしく感じられる。あの銀色の影は、今もどこかの雲の切れ間を、水面の皿のように跳ね回っているのではないだろうか。私は今日、見てはならないものを見てしまったのかもしれない。あるいは、人類が新しい時代の入り口に立った瞬間を目撃したのかもしれない。
参考にした出来事:1947年6月24日、アメリカの実業家ケネス・アーノルドがワシントン州レーニア山付近の上空で、超音速で飛行する9個の未確認飛行物体を目撃した。この事件は、現代におけるUFO(未確認飛行物体)ブームの先駆けとなり、アーノルドが物体の動きを「水面上を跳ねる皿(ソーサー)のよう」と形容したことから、「空飛ぶ円盤(フライング・ソーサー)」という言葉が生まれた。