【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ニューヨークの夏は、いつも湿った重苦しさを伴ってやってくる。しかし、一九五一年のこの六月二十五日は、スタジオ・ビルディングの空気さえもが、これまでにない異様な熱を帯びていた。四十八丁目にあるCBSのスタジオ二十一。私は、配線が血管のようにのたうち回る床を慎重に歩き、巨大な真空管の熱が籠もる調整室へと滑り込んだ。
時計の針が午後四時半を回ろうとしている。私たちがこれから行おうとしていることは、単なる放送ではない。それは、神がこの世界を創造したときに授けた色彩を、電波という見えない糸で編み上げ、家庭の居間へ届けるという、人類史上初の試みなのだ。
目の前には、ピーター・ゴールドマーク博士が心血を注いだ「回転円盤方式」のカメラが、まるで巨大な機械仕掛けの怪獣のように鎮座している。その内部では、赤、緑、青の三色のフィルターが、一分間に千四百四十回転という猛烈な速度で回転している。その駆動音が、私の耳の奥で微かな、しかし確かな唸りとなって響いていた。この高速回転が少しでも狂えば、画面の中の世界は、悪夢のような色ずれに崩壊してしまう。
「あと三十秒」
監督の声が、インターコムを通じて響いた。手のひらが汗ばんでいる。白黒放送に慣れ親しんだ私たちの瞳にとって、灰色と白の階調こそが「真実」だった。バラは濃い灰色であり、空は薄い灰色、そして愛する人の唇は黒ずんだ陰影でしかなかった。しかし、今日この瞬間から、世界はその呪縛から解き放たれる。
「五、四、三、二……」
オン・エアの赤いランプが点灯した。
モニターに映し出されたのは、アーサー・ゴッドフリーの顔だった。その瞬間、調整室の全員が息を呑んだ。
信じがたい光景だった。
そこにいたのは、陰影の産物ではない、生身の人間だった。肌のわずかな火照り、ネクタイの鮮やかな朱色、そしてスタジオに飾られた花々の、痛いほどの色彩。それは、今まで私たちが慣れ親しんできた「テレビジョン」という言葉の概念を、根底から覆すものだった。
番組「プレミア」が進行するにつれ、私は魔法を見ているような錯覚に陥った。フェイ・エマーソンのドレスが放つ光沢、エド・サリバンのわずかに赤らんだ頬。白黒の世界では決して伝えられなかった、その場の温度や、衣服の質感、さらには演者の高揚感までもが、色という情報を得たことで、奔流のように受像機から溢れ出していた。
しかし、この光景を目にしているのは、このスタジオと、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィアなど、限られた場所に設置されたわずか数十台の特別なモニターの前にいる者たちだけだ。皮肉なことに、アメリカ中の家庭にある何百万台という白黒テレビには、この歴史的な瞬間は何も映っていない。それどころか、信号の形式が違うため、画面はただの砂嵐か、理解不能な縦縞に覆われているはずだ。
それでも、私は確信していた。
この真空管の熱気の中で見た、回転する色円盤が紡ぎ出した魔法のような光景が、これからの世界を変えてしまうことを。一度この色彩の豊穣を知ってしまった人間は、二度と灰色の世界には戻れないだろう。私たちは今日、プロメテウスの火を、今度は色彩という形でもぎ取ってきたのだ。
一時間の放送が終了したとき、スタジオは静寂に包まれた。誰もが、網膜に焼き付いた鮮烈な残像を反芻していた。回転円盤の回転が止まり、高周波の唸りが消えていく。
機材を片付けにフロアに降りると、先ほどまで輝いていた花々が、スタジオの照明の下で静かに佇んでいた。それらはもはや、テレビの中の映像よりも色褪せて見えた。それほどまでに、私たちは強烈な「現実以上の現実」を創り出し、送り出したのだ。
建物の外に出ると、夕暮れのニューヨークが広がっていた。街角のネオンが灯り始めている。それまでは当たり前だと思っていた街の灯りが、今は特別な意味を持って私の目に飛び込んでくる。この色彩に満ちた世界を、そのままに届けること。その重責と喜びを噛み締めながら、私は湿った夏の夜風を深く吸い込んだ。
一九五一年六月二十五日。今日、世界から影が消えたわけではない。しかし、私たちは影の中に隠されていた真実の色彩を、ついに白日の下にさらしたのだ。明日からの世界は、昨日までとは決定的に違う色に見えるに違いない。
参考にした出来事
1951年6月25日、アメリカの放送局CBS(Columbia Broadcasting System)が、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア、ボルチモア、ワシントンD.C.の5都市に向けて、世界初となる商用カラーテレビ放送番組「Premiere(プレミア)」を放送した。この放送にはCBS開発の「回転円盤方式(フィールド順次方式)」が採用され、アーサー・ゴッドフリー、エド・サリバン、フェイ・エマーソンといった当時のスターが出演した。しかし、この方式は既存の白黒受像機と互換性がなかったため、一般の家庭では視聴できず、後のNTSC方式(白黒テレビでも視聴可能な互換性のある方式)に取って代わられることとなるが、カラー放送時代の幕開けを象徴する出来事として歴史に刻まれている。