空想日記

6月26日:光の線が刻む沈黙の革命

2026年1月21日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

一九七四年、六月二十六日。水曜日。
トロイの街を包む湿った朝の空気は、このオハイオ州の初夏が本格的に始まったことを告げていた。マーシュ・スーパーマーケットの正面玄関が開く数分前、私は店内の冷え切った空気の中で、期待と、それ以上に重い不安の入り混じった奇妙な高揚感に包まれていた。

レジカウンターの奥に鎮座しているのは、昨日までのそれとは全く異なる、異質な「機械」だ。IBMが社運を賭けて開発したというその装置は、一見するとただの平坦なガラス窓に過ぎないが、その下には複雑な光学機器と、赤く細い光を放つヘリウム・ネオン・レーザーが潜んでいる。私たちは今日、この小さなガラスの窓に、小売業の、いや、文明の歴史を塗り替える役割を託そうとしていた。

午前八時一分。自動ドアが開き、最初の一歩を踏み出してきたのは、ナショナル・キャッシュ・レジスター社の役員であるクライド・ドーソン氏だった。彼は知己である私に軽く目配せをすると、迷いのない足取りで菓子売り場の棚へと向かった。彼が選んだのは、リグレーのジューシーフルーツ・ガム、十個入りのパック。何の変哲もない、たった六十七セントの黄色い包みだ。しかし、その包みの裏側には、これまでの商品には決して存在しなかった「印」が刻まれている。太さの異なる白と黒の縞模様。ユニバーサル・プロダクト・コード、通称UPCだ。

レジを担当するのは、数週間にわたる特訓を重ねてきたシャロン・ブキャナン。彼女の指先がわずかに震えているのを、私は傍らで見守ることしかできなかった。これまでのレジ打ちといえば、商品に貼られた値札を読み取り、重いキーを一つずつ、指の力で叩き込む重労働だった。店内に響く「ガチャン、ガチャン」という金属音は、商売の活気そのものだった。

だが、今この瞬間に訪れようとしているのは、沈黙の変革だ。

シャロンが震える手で、ガムのパックをガラス窓の上にかざした。彼女の動作は、儀式を司る巫女のように慎重で、かつぎこちない。黄色いパッケージが透明な板の上を滑る。その刹那、ガラスの底から放たれた細い紅の閃光が、ガムの裏側の縞模様をなぞった。

ピッ。

短く、電子的な、乾いた音が静かな店内に響いた。それは、これまで私たちが慣れ親しんできたどの機械音よりも軽く、それでいて決定的な響きを持っていた。レジのモニターには、即座に「.67」という数字が浮かび上がる。シャロンの指は、一度も数字のキーに触れていない。

私は喉の奥が熱くなるのを感じた。それは単に作業が速くなったという利便性への感動ではない。商品という実体のある存在が、光の瞬きによって一瞬にしてデジタルな情報へと変換された、その魔術的な瞬間に立ち会ったことへの畏怖だった。もう、値付けの度にすべての缶詰にラベルを貼る必要はなくなるだろう。在庫の数を数えるために、深夜まで棚卸しに追われる日々も、いつか終わりを迎えるに違いない。

ドーソン氏がガムを受け取り、満足げな笑みを浮かべて店を去った後、店内は再び日常の喧騒に戻ろうとしていた。しかし、私には分かっていた。このマーシュ・スーパーマーケットの床に引かれた見えない境界線を、私たちはたった今、越えてしまったのだということを。

この赤い光の筋は、これから世界中のあらゆる商品を、あらゆる都市のあらゆる棚を、そして人々の購買という行為そのものを、冷徹で正確なデータの鎖で繋いでいくことになるだろう。それは情報の洪水時代の幕開けであり、人間の勘と経験に頼ってきた古い商いの終焉でもあった。

ポケットの中で、私は自分の指先を見つめた。キーを叩くために硬くなった指のタコが、不意に、過去の遺物のように感じられた。外ではオハイオの強い陽光がアスファルトを照らしている。だが、私の網膜に焼き付いているのは、あのガラスの底から放たれた、未来を切り裂くような細い紅の線だけだった。

参考にした出来事
1974年6月26日、オハイオ州トロイのマーシュ・スーパーマーケットにおいて、世界で初めてUPC(Universal Product Code)バーコードのスキャンによる商品販売が行われた。最初にスキャンされた商品はリグレーのジューシーフルーツ・ガム(10個入りパック)で、IBM製のスキャナーが使用された。これは小売業における自動認識技術の普及の第一歩となり、物流と在庫管理に革命をもたらした。