空想日記

6月7日:硝子越しのキネマ、星空の下の指定席

2026年1月19日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

一九三三年、六月七日。湿り気を帯びた初夏の夜風が、愛車のフォード・ロードスターの窓から入り込み、私の頬を撫でていく。世界は大恐慌という長い悪夢から未だ覚めやらず、日々の暮らしには重苦しい影がつきまとっているが、今夜だけは違う。私はペンシルベニアの州境を越え、ニュージャージー州カムデンのアドミラル・ウィルソン・ブールバードへと車を走らせていた。目的はただ一つ、リチャード・ホリングスヘッドという男が作り上げたという、前代未聞の「自動車劇場」をその目で確かめるためだ。

日没が近づくにつれ、街道には同じ目的を持った車が集まり始めていた。どの顔も、好奇心と、わずかな不安が入り混じった表情をしている。それもそのはずだ。映画を見るためにわざわざ着飾り、窮屈な劇場の椅子に座り、隣席の他人の咳払いに眉をひそめる必要がないというのだから。自分の車という、最もプライベートで居心地の良い空間に身を置いたまま、巨大な銀幕を見上げる。そんな夢のような話が本当に実現するのか、誰もが疑い半分だった。

劇場の入り口で二十五セントの入場料と、車一台につき二十五セントの観覧料を支払う。係員の誘導に従って敷地内へ足を踏み入れると、そこには奇妙な光景が広がっていた。緩やかな傾斜がつけられた扇状の広場。ホリングスヘッドが自宅の私道で何度も実験を繰り返したという、あの特許済みのスロープだ。前輪を少しだけ持ち上げるようにして車を停めると、フロントガラスの向こう側に、広大な夜空を背景とした巨大な白いスクリーンが、威風堂々とそびえ立っていた。

エンジンを切ると、周囲には不思議な静寂が訪れた。これまでの映画館なら、チケット売場の喧騒やロビーの騒がしさがあったはずだが、ここにあるのは排気ガスの微かな残り香と、砂利を踏むタイヤの音、そして遠くで鳴く虫の声だけだ。私はダッシュボードに置いておいた煙草に火をつけ、深い安らぎとともに背もたれに身を預けた。隣の車では、幼い子供を連れた夫婦が、子供たちにパジャマを着せたまま後部座席で寛いでいる。劇場の暗闇で子供が泣き出すのを恐れる必要もないのだ。

やがて、辺りが完全な闇に包まれた瞬間、スクリーンの背後に設置された三つの巨大なスピーカーから、地響きのような音が鳴り響いた。映画『Wives Beware』の始まりだ。

投影機から放たれた力強い光線が、初夏の夜の湿った空気を切り裂き、白い闇の中に鮮やかな幻影を映し出す。フロントガラス越しに見る映像は、まるで自分だけの小さな宇宙で繰り広げられる奇跡のように思えた。音響はスクリーンの近くに固まっているため、後方の車には少し遅れて届くが、それさえもこの新しい体験の一部として心地よい。

窓を少し開けると、夜の涼風が物語のセリフとともに車内へ流れ込んでくる。劇場の閉塞感とは無縁の、圧倒的な解放感。時折、通り過ぎる車が遠くでライトを光らせるが、それすらもこの野外劇場の演出のように感じられた。私は、自分が歴史の転換点に立ち会っていることを確信した。これは単なる娯楽の形態の変化ではない。アメリカ人が愛してやまない「自動車」と「自由」、そして「家族の絆」が、一本のフィルムによって見事に結びつけられた瞬間なのだ。

映画が終盤に差し掛かる頃、夜空には満天の星が輝いていた。銀幕の中のスターたちと、頭上の星々が競演するかのような贅沢な時間。上映が終わると、客席の車たちは一斉にヘッドライトを点灯させ、まるで巨大な蛍の群れのように、静かに、しかし誇らしげに家路へとつき始めた。

私はしばらく車を動かさず、暗転したスクリーンを見つめていた。明日からはまた、厳しい現実との戦いが待っているだろう。だが、自分の車という孤独な、しかし自由な城に籠もったまま、星空の下で夢を見る術を私たちは手に入れたのだ。初夏の夜の匂いとともに刻まれたこの記憶は、きっと長く、色褪せることはないだろう。

参考にした出来事:1933年6月7日、リチャード・ホリングスヘッドによりアメリカ合衆国ニュージャージー州カムデン(ペンシルベニア州フィラデルフィアの対岸に位置する)に世界初のドライブインシアターがオープン。車に乗ったまま映画を鑑賞できるこの画期的な興業形態は、家族連れやカップルに支持され、後にアメリカ文化の象徴となった。