【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ロンドンの夏は、ねっとりとした湿気を孕んで重苦しい。ロング・エーカー百三十三番地、ベアード氏の実験室に籠る熱気は、窓の外をゆく馬車の騒音さえも遮断するほどの質量を持って、私を圧迫していた。換気不足の室内には、焼けた絶縁ワニスと、オゾン、そして過熱した真空管から立ち上る特有の金属臭が充満している。
今日、我々は歴史の境界線を踏み越えようとしていた。
ベアード氏は、いつものように無造作な髪をさらに掻き乱しながら、巨大なニプコー円盤の調整に没頭している。彼の細い指先は、まるで繊細な弦楽器を操るかのように、抵抗器のつまみをミリ単位で動かしていた。壁際では、複数の電動機が唸りを上げ、巨大な歯車が噛み合う不快な金属音が絶え間なく響いている。この喧騒の中にこそ、新しい時代の産声があると彼は信じて疑わなかった。
実験装置の心臓部は、三列の螺旋状に穴を開けられた、あの巨大な円盤だ。それぞれの穴には、赤、緑、青のフィルターが交互に嵌め込まれている。光の三原色を電気のパルスに変換し、再び光へと戻す。言葉にすれば単純なその理屈を具現化するために、我々がどれほど多くの夜を、この暗い実験室で費やしてきたことか。
「用意はいいか」
ベアード氏の声は、期待と極度の疲労で掠れていた。私は黙って、被写体となるベンチの前に立った。そこに置かれたのは、色鮮やかな造花と、そして我々が「ビル」と呼んでいる腹話術の人形だ。ビルの顔は、いつも以上に不気味な笑みを湛えているように見えた。
強力なアーク灯が点火される。視界が白く染まるほどの強烈な光が、被写体を灼く。それと同時に、送像側の円盤が回転を始めた。キーンという高い摩擦音が耳を突き、やがて一定の周期を持つ低い唸りへと変わる。
私は受信機側の覗き窓に顔を寄せた。そこには、数分前までは単なる茶褐色の影と光の明滅しか映っていなかった、あの小さなガラスの四角い宇宙がある。
最初に見えたのは、暗闇の中を彷徨う電子の残像のようなものだった。だが、ベアード氏が同期信号を微調整した瞬間、画面が激しく震え、そして収束した。
「……おお」
思わず感嘆が漏れた。
そこには、ビルがいた。
単なる白黒の陰影ではない。ビルの頬に塗られたけばけばしい紅が、そして衣服の深い青が、粗い走査線の隙間から鮮やかに、そして幽霊のように揺らめきながら浮かび上がっていた。造花の葉の、毒々しいまでの緑が、確かにそこにある。
それは、現実をそのまま切り取ったような鮮明さには程遠い。像は小刻みに震え、解像度は低く、色の縁は滲んでいる。しかし、それは紛れもなく「色彩」だった。これまで写真や映画、そして初期のテレビジョンが、どれほど足掻いても捉えきれなかった世界の色彩が、電線を通じて別の場所に再現されたのだ。
ベアード氏は私の肩に手を置き、自らも覗き窓を覗き込んだ。彼の瞳に、装置から放たれる赤と緑の光が反射している。彼は何も言わなかったが、その震える指先が、この出来事の重みを雄弁に語っていた。
窓の外では、まだビクトリア朝の名残を留めたロンドンの街並みが、夕暮れのセピア色に染まろうとしている。しかし、この密室の中で、私たちは人類が手にするはずの、眩いばかりに極彩色の未来を垣間見てしまった。
実験が終わった後、電源を切られた装置は、カチリ、カチリと冷却される金属音を立てていた。静寂が戻った実験室で、私はビルの人形を見つめた。アーク灯に照らされていた時の鮮やかさは消え、薄暗い部屋の片隅でただの木屑と布の塊に戻っている。しかし、私の網膜の裏には、あの粗い走査線の中で踊っていた、命を持つかのような色彩の残像が、いつまでも、いつまでも焼き付いて離れなかった。
今日、世界からモノクロームの呪縛が解かれたのだ。
参考にした出来事:1928年7月3日、スコットランドの電気技術者ジョン・ロジー・ベアードが、ロンドンの自身の研究所において、世界で初めてカラーテレビジョンの放送実験に成功した。彼はニプコー円盤に赤、緑、青の三原色のフィルターを組み合わせることで、静止画ではなく動く色彩映像の伝送を実現した。