【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
南海(サウスシー)の夏は、湿り気を帯びた潮風と共にやってくる。診察室の窓を開け放してはいるものの、ブッシュ・ヴィラズを包み込む空気は澱み、石炭の煤混じりの熱気が私の書斎に居座り続けている。午後を過ぎても患者の訪れを告げる呼び鈴は鳴らず、薬瓶の棚に並んだチンキや石炭酸の鋭い匂いだけが、ここが医者の領分であることを主張していた。開業してからというもの、私の主な仕事といえば、この沈黙に耐え、医学雑誌の余白に未完の構想を書き殴ることばかりだ。
かつてエディンバラで師事したジョゼフ・ベル教授の姿が、不意に脳裏を掠めた。鷹のような鋭い眼差し、微かな歩き方の癖から患者の職業や習慣を見抜く、あの魔法のような演繹法。教授が診察室で行っていたのは、医学という名の冷徹な科学的推理であった。翻って、現代の通俗小説に溢れる名探偵たちの体たらくはどうだろう。彼らは都合の良すぎる偶然や、著者による後出しの証拠に救われているに過ぎない。私は、もっと厳密で、もっと論理的な「知性の怪物」を求めていた。
机の上に置かれた真新しいノートの白さが、夏の強い陽光を反射して目に眩しい。私はペンを執り、インク壺の淵で余分な雫を落とした。最初、その男の名を「シェリンフォード」と綴りかけたが、途中で止めた。どこか座りが悪い。唇の中で何度か呟き、もっと短く、もっと鋭利な響きを探る。シャーロック。そうだ、シャーロック・ホームズ。そしてその影を支える実直な記録者として、オーモンド・サッカー……いや、ジョン・ワトソン。アフガニスタン帰りの軍医ならば、私の経験も少しは活かせるだろう。
最初の書き出しは、緋色の糸についてだ。人生という無色の糸束の中に、殺人という緋色の糸が一本混じっている。それを解きほぐし、端から端まで剥き出しにすること。これこそが我々のなすべき仕事なのだ。私は「緋色の研究(A Study in Scarlet)」という標題をノートの最上段に記した。
ペン先が紙を引っ掻くリズミカルな音が、静まり返った室内で唯一の生命の鼓動のように響く。不思議な感覚だった。まだ紙の上にしか存在しないはずのホームズが、私の目の前で痩せた指先を合わせ、実験器具の並んだ冷涼な部屋でバイオリンを奏で始めたかのような錯覚に陥る。彼の冷徹な論理は、この蒸し暑いポーツマスの午後を、ロンドンの濃霧の中に変えていく。
気づけば、日は西に傾き、影が長く伸びていた。インクで汚れた右手を眺めながら、私は深い溜息をつく。これが果たして一ペニーの価値を生むのか、あるいはこれまで通り、出版社からの拒絶という冷淡な返事に終わるのかは分からない。しかし、今私の胸を占めているのは、かつてない高揚感だ。この「緋色の糸」の端を掴んだ感覚を、私は生涯忘れることはないだろう。海からの風が少しだけ涼やかになり、私は再びペンを走らせ始めた。
参考にした出来事:1886年7月7日頃、アーサー・コナン・ドイルがシャーロック・ホームズ・シリーズの第一作『緋色の研究』の執筆を開始。当時、ポーツマスのサウスシーで医師として開業していたドイルが、恩師ジョゼフ・ベルをモデルに、科学的な推理を行う探偵像を構想した歴史的瞬間である。