【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『あしながおじさん』(ウェブスター) × 『紫式部日記』(紫式部)
その御方は、常に私の背後に伸びる、測り知れぬほど長い影のような存在であった。
孤児という、色のない画用紙のような身の上に、不意に一滴の濃墨を落としたのは彼である。雨の降る、湿り気を帯びた午後のこと。院の冷え冷えとした廊下を、私はただの一介の影として歩んでいた。その時、視界の端をよぎったのは、夕闇に溶けゆく異様に細長い人影――蜘蛛の脚を思わせる、不自然なまでの長身の残像であった。
「貴女の言葉を、私に献じなさい」
それが、唯一の条件であった。学資という名の慈悲と引き換えに、私は名も知らぬその御方へ、月ごとに文を綴ることを義務付けられたのである。宛名は便宜上、あの日の影の記憶を写し、「長脚様」と記すことに決めた。
送られてくる文机に向かい、私は筆を執る。ここでは、感情さえも雅な記号へと変換されねばならない。かつての私が持っていた、野に咲く雑草のような粗野な言葉は、この洗練された学び舎の冷気の中で、次第に透き通った氷細工へと変貌していった。
周囲を見渡せば、華やかな衣を纏い、空疎な笑みを浮かべる令嬢たちが、蝶のように舞っている。彼女たちは、自らの無知を飾り立てることに腐心し、その内側の空虚を、香の匂いで隠している。私は彼女たちを、簾の隙間から冷ややかに観察する。その様は、まるで物語の中の女房が、宮廷の醜聞を日記に書き留める時の心持ちに似ていた。
長脚様。貴方は、私がこのように他人を冷酷に裁くことを、お望みなのでしょうか。あるいは、私の魂が貴方の望むような、高貴で、かつ絶望的なまでに孤独な形へと剪定されるのを、暗闇の中で愉しんでおられるのでしょうか。
手紙を書くという行為は、鏡を磨く行為に等しい。しかし、磨けば磨くほど、そこに映るのは私自身の貌ではなく、彼が私に期待しているであろう「理想の少女」の幻影であった。
季節が巡るたび、私の文体は重厚さを増し、心理の深淵を覗き込むような鋭さを帯びていった。春には、散りゆく桜に寄せて、この世の無常と、守護者への従順な愛を詠んだ。秋には、枯れゆく庭の情景に託し、姿の見えぬ主への、狂おしいまでの思慕を綴った。
文を出すたびに、私は削られていく。私の喜び、私の怒り、私の小さな発見。それらはすべてインクに溶け込み、遠く離れた「影」の主へと捧げられ、私の手元には、もはや空っぽの抜け殻しか残らない。
奇妙なことである。私は自由を手に入れたはずであった。この学び舎での生活は、あのみすぼらしい孤児院からの脱却であったはずだ。しかし、一通の返信も寄こさぬ長脚様という神聖な沈黙に支配されるにつれ、私はかつてよりも強固な檻の中に囚われていることに気づく。それは、言葉という名の檻であった。
「私は貴方の作品である」という自覚が、毒のように全身を回る。
ある時、私は自らの内側に、もう一人の女の気配を感じた。それは、平安の昔、冷徹な筆致で宮廷の虚飾を暴き、自らの孤独を芸術へと昇華させた、あの高名な才女の魂である。彼女は私の耳元で囁く。
「この世に真実などない。あるのは、書かれた言葉という嘘だけだ。そして、その嘘を最も美しく整えた者が、この孤独な遊戯の勝者となる」
長脚様、貴方は実在するのでしょうか。それとも、私の筆が生み出した、究極の「不在」に過ぎないのでしょうか。
月日が流れ、私はついに、その御方の正体を知る機会を得た。病に臥せったという主の屋敷へ、私は招かれたのである。重厚な緞帳が垂れ下がり、香の匂いが立ち込めるその部屋は、まるで時間の止まった墓標のようであった。
私は緊張に震えながら、御簾の向こう側へと歩み寄る。そこには、かつて見たあの細長い影の主がいるはずだった。私の人生を、言葉という糸で操り続けた、あの無慈悲な人形遣いが。
しかし、御簾を撥ね上げた私が目にしたものは、想像していたような老紳士でも、ましてや若き貴公子でもなかった。
そこに置かれていたのは、一台の精巧な自動書記機械と、山のように積まれた、私がこれまでに送った手紙の束であった。そして、部屋の隅に座っていたのは、血の通わぬ人形のように青白い顔をした、一人の老婆であった。
彼女は、かつて希代の才女と謳われ、そのあまりの鋭敏さゆえに、自ら言葉の迷宮に迷い込み、世の中から忘れ去られた作家であった。
「貴女は、私の後継者だ」
老婆は、涸れ果てた声で笑った。
「私は、自分を慰めるための鏡が必要だった。この醜く老いさらばえた私ではなく、かつての瑞々しい感性を持ちながら、冷徹な観察眼で世界を呪う、もう一人の『私』が。長脚という虚像を与えれば、貴女は勝手に育つと確信していた。……期待通り、貴女の魂は、見事に歪み、研ぎ澄まされた」
足元が崩れ落ちるような感覚があった。私の綴ってきた情熱も、孤独も、見えぬ主への思慕も、すべてはこの老婆が自分自身を愛でるための「娯楽」として、あらかじめ計算された反応に過ぎなかったのだ。
私は、誰かに救い出されたのではない。私は、彼女が自らの孤独を癒やすために、実験室で培養された「言葉の苗」に過ぎなかったのである。
私は震える手で、最後の手紙をその場で執筆した。それはもはや長脚様へ宛てたものではなく、私という存在を解体するための弔辞であった。
「お喜びください。私は、貴女の望んだ通りの怪物となりました。この手紙を読み終える時、貴女は私という鏡の中に、自分自身の完全なる死を見るでしょう」
老婆の瞳から、光が消える。
私はその屋敷を後にした。外は、あの日と同じ、色のない雨が降っていた。
私にはもう、帰るべき場所も、書くべき言葉も残されていない。私はただ、自分の背後に伸びる影を見つめる。それはもはや他者の影ではなく、自らの内に飼い慣らした、空虚という名の怪物であった。
誰かが私を観測している限り、私は存在し続ける。しかし、その観測者が私自身となった時、物語は完成し、同時に消滅する。
長脚様。いいえ、私。
私たちは、美しく装飾されたこの地獄の中で、永遠に、返信のない文を送り合う運命にあるのです。