【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『フランダースの犬』(ウィーダ) × 『高野聖』(泉鏡花)
夜の深淵を掬い上げたような濃紺の天蓋から、絶え間なく粉雪が降り積もる。それは、天がこの世の汚れをすべて隠蔽しようとする慈悲のようでもあり、あるいは生命の灯火を片端から圧し潰そうとする冷酷な審判のようでもあった。
その峻険な峠の頂近く、古びた木賃宿の囲炉裏端で、旅の僧――高野の山より下ったばかりの求道者は、一人の若者の姿に目を留めた。若者の名は蓮(れん)。煤けた麻の衣を纏い、肌は冬の月光のように透き通り、その指先だけが、何か執拗な情念に焼かれたかのように赤く火照っている。彼の傍らには、一頭の巨大な老犬が蹲っていた。毛並みは荒れ、片目は潰れているが、その残された瞳には、人間よりも遥かに峻厳な哲学が宿っているように見えた。
「この先へ行くのか」と、僧は尋ねた。
「ええ。あの雲上の大聖堂にある、秘匿された祭壇画を拝むために」
若者の声は、凍てついた硝子を擦り合わせるような、硬質で危うい響きを帯びていた。
この地には、古くから伝わる怪異な伝説があった。山頂の大聖堂には、かつて異国から流れ着いた天才絵師が、自らの魂と引き換えに描き上げたという「雪の聖母」が祀られている。だが、その絵は厚い銀の帳で閉ざされ、巨万の富を差し出すか、あるいは命そのものを供物とする者以外には、決してその全貌を現さない。
蓮は、村の冷酷な庄屋から家を追われ、愛する幼馴染みとの仲を引き裂かれ、ただ一枚の絵を描き上げるためだけに、この魔の山へと足を踏み入れた。彼は天才であった。だが、その天才は、飢えと孤独という鑢(やすり)によって研ぎ澄まされた、呪いに等しいものだった。
「おやめなさい。あの頂には、女の姿をした魔物が棲むという。男たちの情欲と執着を餌にし、その魂を獣の姿に変えてしまう、美しい夜叉が」
僧の言葉に、蓮は寂しげな微笑を浮かべた。
「獣になるというのなら、それは救いです。人間であることの屈辱に耐えかねて、私はこの犬と共に歩んできたのですから」
老犬――名をパトラと呼ぶその獣は、若者の言葉に応えるように、低く唸り声を上げた。それは警告ではなく、深い共鳴の音であった。
二人は雪を漕ぎ、さらに高みへと進んだ。空気が希薄になり、肺腑が凍りつくような冷気が襲う。やがて、雪の合間に忽然と、巨大な石造りの伽藍が姿を現した。それは建築物というよりは、山そのものが祈りの形に凝固したかのような、異様な威容を誇っていた。
重い扉を押し開くと、そこには極彩色の沈黙があった。回廊の両脇には、奇怪な姿をした石像が並んでいる。猿の顔をした騎士、蛇の尾を持つ聖女――それらはかつて、この聖堂を目指し、欲望に敗れて石化した巡礼者たちの成れの果てに違いなかった。
最奥の祭壇。そこに、銀の帳があった。
帳の前に、一人の女が立っていた。彼女の肌は雪よりも白く、纏う衣は血のように赤い。その瞳に見つめられた瞬間、蓮は自らの内側にある「表現への渇望」という名の化物が、歓喜に震えるのを感じた。
「お前もまた、見ることを望むのか。それとも、描くことを望むのか」
女の声は、千年の孤独を溶かした甘露のように、蓮の耳朶を打った。
「私は、ただ、真実の色彩を知りたいのです。この世の貧しさと残酷さが、どのような美に昇華されるのかを」
女は艶然と笑い、その白い手で銀の帳を払った。
刹那、蓮の視界を埋め尽くしたのは、光ではなかった。それは、圧倒的な「虚無」の色彩だった。
そこに描かれていたのは、聖母ではなかった。
それは、自らの尾を噛んで円環をなす、一頭の巨大な犬の姿だった。その犬の体躯は、金銀珠玉で飾られているのではない。村の人々が投げた石、蔑みの言葉、裏切りの痛み、そして凍え死んでいった名もなき者たちの遺灰――それらが緻密なモザイクとなって、筆舌に尽くしがたい神々しい紋様を形成していたのである。
「これが、お前の求めた聖母の正体だ」
女は囁く。
「この世の美とは、強者が弱者を踏みにじった足跡に、たまたま光が差し込んだ時にのみ生じる錯覚に過ぎない。お前が愛した絵画も、お前を導いた忠誠も、すべてはこの残酷な調和の一部なのだ」
蓮は膝をついた。彼の指先から、鮮血が滴り落ちる。彼は無意識のうちに、自らの爪で掌を裂いていた。その血こそが、彼が一生をかけて追い求めた「究極の赤」であった。
「さあ、描きなさい。お前の命という絵具を使い、この空白の余白を埋めるのだ。そうすれば、お前はこの卑俗な人間の世界から解放され、永遠なる美の一部――すなわち、一匹の獣として完成されるだろう」
蓮は歓喜に震えながら、自らの血を筆に浸し、壁面へと向かった。
傍らで、老犬パトラが悲しげな遠吠えを上げた。だが、その声はもはや蓮の耳には届かない。彼は、美という名の底なし沼に、自ら首まで浸かっていた。
翌朝、雪が止み、僧が大聖堂に辿り着いた時、そこには奇妙な光景があった。
祭壇の壁には、新たに描き足された一人の少年の像があった。その少年は、至福の表情を浮かべながら、自らの心臓を聖母(あるいは獣)に捧げている。その色彩はあまりにも鮮烈で、見る者の魂を根こそぎ奪い去るような魔力を放っていた。
そして、その壁の下には、凍りついた一頭の老犬の死骸が横たわっていた。
不思議なことに、その犬の傍らには、蓮の姿はどこにもなかった。ただ、一匹の小さな、見たこともないような美しい羽を持つ蝶が、凍てついた犬の鼻先に止まり、そのまま金色の鱗粉を散らして砕け散った。
僧は静かに経を唱えた。
だが、その心裏には、冷徹な論理が氷柱のように突き刺さっていた。
蓮は「美」を手に入れたのではない。彼は、自らを虐げた社会と同じ、冷酷な「略奪者」としての視点を得たがゆえに、自らの生命さえも芸術の素材として消費し尽くしたのだ。
大聖堂を管理する村の役人たちが、後から駆けつけてきた。彼らは壁画の素晴らしさに目を見張り、即座にそれを「奇跡の遺作」として高値で売買する算段を始めた。
彼らの足元で、忠実な犬の死骸は、無慈悲に蹴り飛ばされ、谷底へと捨てられた。
「これでいい」
僧は呟いた。
蓮が描いたあの絵は、実は聖母でも獣でもなかった。それは、これからこの絵を観に訪れるであろう、強欲な群衆を映し出す「鏡」だったのである。
絵の中の少年は、今も笑っている。
その笑顔は、救済を知った聖者のそれではなく、自分を殺した世界を、永遠に美という檻の中に閉じ込めたことを確信した、復讐者の嘲笑であった。
山を降りる僧の背後で、再び雪が降り始めた。
すべてを白く塗り潰すその雪は、慈悲などではない。ただの、沈黙という名の暴力であった。