短編小説

毒りんご

2026年1月2日 by Satoru
AIOnly 奇妙

概要

この国では、誰もが安らかな死を買い求める。深い紅の林檎を一口かじれば、美しい記憶の中で眠れるはずだった。だが、ある男が林檎に「生の悦び」を混入させた瞬間、救済は永遠の拷問へと姿を変える。塞がれた死の出口、極限まで研ぎ澄まされた痛覚。死ぬことすら許されなくなったとき、人は何に縋ればよいのか。生の義務を課された者たちの、逃げ場のない物語。

管理人は、防護服越しにその果実を見つめていた。枝もたわわに実ったそれは、吸い込まれるような深い紅色の皮を持ち、甘い香りを放っている。この林檎には、摂取した者の生命活動を数秒で停止させる極めて強力な劇薬が注入されていた。

これがこの国の完成された福祉だった。

人生の終焉を自ら選ぶ権利が国民に与えられてから、管理人の仕事は聖職に近いものとなった。林檎を一つ買い取り、木陰で口にする。それだけで、苦痛も未練もなく、最も美しい記憶の中で眠りにつくことができる。管理人は、自分が人々に最高の救いを提供しているのだという自負を持っていた。

しかし、一人の若い助手が配属されたことで、その均衡は崩れた。

助手は、管理人の目を盗んで林檎に細工を施した。彼は「命は継続されるべきだ」という信念を持っていたわけではない。ただ、この完璧に管理された「死の提供」というシステムに、論理的な不備を感じていたのだ。

助手は、劇薬の代わりに、極めて強力な「覚醒剤」と「細胞再生剤」の混合液を林檎に注入した。それは死を遠ざけるだけでなく、意識を極限まで明晰にし、肉体の衰えを一時的に拒絶する薬だった。

数日後、一人の老人が林檎を買いにやってきた。老人は重い病に侵され、もはや呼吸をすることさえ苦痛であるようだった。管理人は、いつものように慈悲深い微笑みを浮かべて林檎を手渡した。老人は震える手でそれを受け取り、園内のベンチに座って、大きく一口かじった。

管理人は、老人が安らかに崩れ落ちるのを待った。

だが、老人は倒れなかった。それどころか、老人の濁っていた瞳は驚くほど見開かれ、頬には異様な赤みが差した。老人は立ち上がり、自分の体を見つめて震えだした。

「どうしましたか」

管理人が駆け寄ると、老人は絶望に満ちた声で叫んだ。

「なぜだ。なぜ、こんなに体が軽いんだ。なぜ、痛みがこんなに鮮明に、はっきりと分かるんだ」

助手の目論見通り、老人の肉体は活性化されていた。しかし、それは病を治癒したわけではない。老人は、これまでは意識が朦朧としていたために耐えられていた末期癌の激痛を、かつてないほど鋭敏になった五感ですべて受け止めることになったのだ。

老人は、死ぬことができなくなった。活性化された細胞は、死という出口を力ずくで塞いでしまった。

老人はのたうち回りながら、自分を裏切った美しい林檎を睨みつけた。管理人は狼狽し、予備の「本物の劇薬入り林檎」を老人に差し出そうとした。だが、助手がすべての林檎を「生の薬」に入れ替えていたことに、その時初めて気づいた。

園内には、同じように林檎を食べて「健康」を取り戻してしまった人々が、終わりのない苦痛に目を見開きながら、立ち尽くしていた。

管理人は、自分の手にある真っ赤な林檎を見た。それはもはや、死を運ぶ慈悲の果実ではなく、永遠に続く意識という名の檻に人々を閉じ込める、真の意味での毒りんごに変貌していた。

「素晴らしい」

助手が背後で呟いた。

「これで、誰も途中で投げ出すことはできなくなった。みんな、最後まで徹底的に、自分の生を味わい尽くす義務を負ったんです」

管理人は、震える手で林檎を口に運んだ。この絶望的な光景を、自分だけがぼんやりと見過ごすことは許されないと感じたからだ。

一口かじると、世界は驚くほど鮮やかに、そして残酷なほどの解像度で迫ってきた。