リミックス

泥濘の殉教

2026年1月20日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

奥州の寒村に領地を持つ阿部一族の当主、阿部弥一右衛門が、長きにわたる放蕩と暴虐の果てに、その悍ましい生涯を閉じたのは、雪が深く万物を覆い隠そうとする冬の夜であった。弥一右衛門という男は、領民からは悪鬼のごとく忌み嫌われ、同時に神の不在を証明する歩く冒涜として恐れられていた。彼は死の間際、枕元に集った三人の息子たちに対し、およそ人の親とは思えぬ、冷徹な「遺言」を遺した。それは、一族の誇りである「殉死」を、特定の者にのみ許し、他の者には永劫に生を強制するという、魂の選別であった。

長男の太郎兵衛は、猛禽のごとき鋭い眼光と、抑えきれぬ情熱の塊であった。彼は父を憎悪しながらも、その血に流れる暴力を愛していた。次男の次郎は、泰西の哲学に耽溺し、冷笑的な論理で世界を解体することに悦びを見出す虚無主義者であった。そして末弟の三郎は、僧籍に身を置き、沈黙の中に神の声を聴こうとする、透き通った硝子細工のような青年であった。

「父上は、我らの中に地獄を植え付けられたのだ」

葬儀の夜、次郎は揺らめく灯火を見つめながら、乾いた声で言った。幕府の法度は殉死を厳禁していたが、この地には、主君や父の死に際して命を捧げるという、血塗られた古風な美学が、執拗な澱のように沈殿していた。しかし、弥一右衛門が遺した書状には、次男と三郎にのみ殉死を禁じ、長男の太郎兵衛にのみ、その「特権」を与えると記されていたのである。

太郎兵衛は激昂した。彼にとって殉死は義務ではなく、自身の生命力を極限まで燃焼させるための、唯一の出口であった。しかし、父がそれを「許した」のは、愛ゆえではない。太郎兵衛の猪突猛進な性格を見抜き、彼を名誉ある死という名の檻に閉じ込めることで、一族の財産と権力を、自身の分身とも言える冷徹な次郎に譲渡するためであった。

「神が存在しないのであれば、すべては許される」次郎は兄を凝視し、残酷な微笑を浮かべた。「だが、兄上、法と伝統という名の怪物は、神よりも執拗だ。父上は死してなお、我らという駒を盤上で動かしておられる。貴公が腹を切れば、それは忠義ではなく、単なる父の計算の完成に過ぎぬ」

三郎はただ、数珠を繰りながら、震える唇で祈りを捧げていた。彼にとって、父の死は救済であるはずだった。しかし、遺された遺言という名の「法」は、彼から聖職者としての安寧を奪い去った。父は三郎に対し、死を禁ずる代わりに、一族が犯してきたあらゆる罪業を背負い、泥の中を這いずり回って生きることを命じたのである。それは、純潔を志向する魂に対する、最も洗練された凌辱であった。

数日後、阿部家の屋敷は、重苦しい沈黙と、目に見えぬ殺気に包まれた。近隣の士族たちは、阿部一族が如何なる決断を下すかを、固唾を呑んで見守っていた。もし太郎兵衛が殉死すれば、それは公儀への反逆となり、阿部家は取り潰される。もし殉死しなければ、一族は「不忠の輩」として、世間から永遠に抹殺される。

太郎兵衛の心中に、暗い火が灯った。彼は、父の計算を破壊し、かつ自身の魂を救済する唯一の方法を思いついたのだ。それは、父が愛した「法」を逆手に取ることだった。

「次郎よ、お前の言う通りだ。すべては許されている。ならば、私は父の命に従わず、されど世の法にも従わぬ」

太郎兵衛は、父の遺骸が安置された広間に、兄弟を呼び集めた。そこには、弥一右衛門が生前愛用していた、一振りの業物が置かれていた。

「私は殉死せぬ。だが、私は父を殺す」

「父上は既に死んでいる、兄上」次郎が冷ややかに指摘した。

「否、父上は我らの中に生きている。この屋敷の壁に、この土地の法に、そしてお前のその腐った論理の中にだ」

太郎兵衛は、刀を抜き放つと、あろうことか父の遺骸の首を刎ねた。鮮血は既に失われていたが、腐敗の始まった肉体から漏れ出す死臭が、広間に立ち込めた。それは、一族の象徴である「家名」の完全な破壊であった。

三郎は悲鳴を上げて崩れ落ちた。次郎の冷徹な仮面が、初めて驚愕に歪んだ。太郎兵衛は狂ったように笑いながら、その刀を自身の喉元ではなく、屋敷の柱へと突き立てた。

「これで、私は殉死の資格を失った。父を辱めた大罪人だ。さあ、次郎、お前の出番だ。論理を愛するお前が、この状況を公儀にどう説明する? 忠義の死か? 狂乱の果ての不敬か?」

次郎は震える手で眼鏡を拭った。彼の精緻な頭脳は、この瞬間に崩壊した。論理を突き詰めれば突き詰めるほど、父の遺言と兄の暴挙を繋ぎ合わせる「正解」が見当たらない。もし太郎兵衛を処刑すれば、一族の不祥事は公となり、自分もまた路頭に迷う。もし隠蔽すれば、自分は兄の共犯者となり、自身が軽蔑していた「泥濘」の一部となる。

その時、沈黙を守っていた三郎が立ち上がった。その瞳からは感情が消え失せ、冷たく澄んだ、恐ろしいほどの決意が宿っていた。

「兄上たち、もう良いのです」

三郎は、太郎兵衛が落とした刀を拾い上げた。

「父上は、神を信じていなかった。だから、死をもって虚無を埋めようとした。次郎兄上、あなたは知を信じ、太郎兵衛兄上、あなたは力を信じた。だが、どちらも血の匂いからは逃れられなかった」

三郎は、静かに刀を次郎に向けた。

「私が、この血の連鎖を終わらせます。父上が私に『生きろ』と命じたのは、私が最も死を望んでいることを知っていたからです。ならば、私はその命令に背くことで、初めて父から独立し、神の御許へ行ける」

三郎の論理は、次郎のそれよりも遥かに冷徹で、太郎兵衛のそれよりも遥かに暴力的な必然性を帯びていた。三郎は次郎を刺し、次いで太郎兵衛の胸を貫いた。二人は抵抗しなかった。次郎は、自身の論理が末弟の「狂信的な正論」によって完敗したことを悟り、太郎兵衛は、自身が求めていた「破壊」を、最も愛する弟が完成させてくれたことに安堵したのである。

最後に残された三郎は、血に染まった広間で、独り祈りを捧げた。彼は、阿部一族の全てを滅ぼすことで、一族を呪縛から解き放とうとしたのだ。

翌朝、検使が訪れた際、そこには地獄絵図が広がっていた。しかし、三郎の姿はどこにもなかった。ただ、父の遺骸の隣に、一枚の紙片が残されていた。そこには、森鴎外が描くような簡潔極まる筆致で、こう記されていた。

『阿部家一同、主君への忠義と、神への愛を両立せんと試み、その矛盾に耐えかねて自刃せり。三郎のみは、その証人として、虚無の荒野へ旅立つものなり』

しかし、事態は三郎の思惑とは全く異なる方向へと転がっていった。

公儀の役人たちは、この凄惨な光景を前にして、深刻な事態を憂慮した。もしこれが「思想的葛藤による一家心中」であると認められれば、領内の治安に悪影響を及ぼす。彼らは、極めて事務的に、そして冷酷に、真実を塗り替える決定を下した。

「阿部家は、腐った魚に当たって集団食中毒を引き起こし、錯乱状態で互いを刺し違えたものとする」

三郎が命を賭して演じた「魂の叛逆」も、太郎兵衛の「家名の破壊」も、次郎の「知性の崩壊」も、すべては一言の「食中毒」という事務的処理によって、歴史から抹殺された。

数年後、どこかの修道院、あるいは場末の酒場で、一人の物乞いが語る物語を信じる者は誰もいなかった。彼は、神と法、そして血の論理について語ろうとしたが、人々はただ、安っぽい悲劇を求めて笑うだけであった。

世界は、重厚な哲学を必要としていない。ただ、管理しやすい「結論」だけを求めている。阿部一族の血は、その冷徹な必然性の前に、ただの汚れた液体として、雪の下へと吸い込まれていった。