リミックス

硝子の偶像、あるいは不在の恋着

2026年1月13日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

 私がその禁忌の薬液を飲み干し、自らの肉体を光の屈折の彼方へと葬り去る決意をしたのは、ひとえに彼女――瑠璃子という名の、稀に見る端麗な、しかし空虚な魂を持った少女を、この世で唯一の私だけの観測対象として繋ぎ止めるためであった。
 科学という名の峻厳な論理は、時に狂気と見分けのつかぬ審美眼へと結実する。私は帝大の片隅で、光線を透過させる蛋白質の変異と、視神経における認識の欠損について研究を重ねてきた。だが、その結実を学会の賞賛に供するほど、私は世俗的な名誉を欲してはいなかった。私が欲したのは、網膜に焼き付いて離れない瑠璃子の白い項、そして西洋の磁器を思わせるその陶酔的な輪郭を、誰にも、そして彼女自身にさえも邪魔されずに、永遠に監視し続けるための「神の視点」であった。

 透明になるということは、社会という巨大な機構からの抹殺を意味すると同時に、万物に対する絶対的な優位を確立することである。私は服を脱ぎ捨て、一切の染料を排した全裸の状態で、冷涼な大気と一体化した。鏡の前で、自分という存在が希釈され、背後の壁紙の模様が透けて見え、やがて視界から自らの肉体が完全に消失した瞬間の、あの甘美な絶望を何と表現すべきか。私は「無」になった。しかし、その「無」は、瑠璃子という「有」を喰らい尽くすための、巨大な胃袋のような意志に満ちていた。

 私は、代々受け継いだ麻布の洋館を、瑠璃子のための檻、あるいは舞台として設えた。彼女はそこで、私が用意した贅を尽くした衣服を纏い、舶来の香水を振り撒き、誰に見られることもないという解放感の中で、その奔放な美を磨き上げていった。彼女は、この家の主人が、常に海外に滞在しており、代理人を通じて多額の生活費と装飾品を送り続けているのだと信じ込んでいる。だが実際には、私は常に彼女の傍らにいた。

 彼女が鏡の前で、新しく届いたシルクのシュミーズを素肌に滑らせる時。彼女がサロンの寝椅子に身を投げ出し、禁じられた小説を読み耽りながら、無意識に自らの太腿を撫でる時。私はそのわずか数センチの距離で、彼女の呼吸の熱を感じ、その皮膚の産毛が逆立つ様子を、剥き出しの眼球で観察していた。彼女が独り言を呟き、あるいは不意に零す溜息さえも、私は透明な器の中に大切に採集した。
 彼女は、自分が孤独であると信じている。しかし、その孤独こそが、私の凝視によって純化された「被写体」としての完成度を高めていた。私は、彼女という偶像を、私の不在という額縁の中に閉じ込めたのである。

 しかし、月日が流れるにつれ、この奇妙な均衡は、私の中に宿る卑俗な執着によって歪み始めた。
 私は、単なる観測者であることに耐えられなくなった。彼女の肌に触れたい、彼女に私の存在を認識させたい、そして何より、彼女がその美しい瞳を恐怖と愛欲に歪ませ、存在しないはずの「空気」に対して跪く姿を見たいという、矮小な支配欲が頭をもたげてきたのである。
 私は、透明な指先で、彼女の眠りを妨げ始めた。夜、彼女の寝室に忍び込み、その枕元で微かな吐息を漏らす。彼女が目を覚ました時、そこには誰もいない。ただ、カーテンが不自然に揺れ、銀のヘアブラシが床に落ちている。
 瑠璃子は当初、それを幽霊の仕業だと怯えていた。だが、彼女の魂は、私が想像していたよりも遥かに逞しく、そして狡猾であった。彼女は次第に、この「見えない視線」を利用し始めたのである。

 ある夜、彼女はわざと薄物の一枚も纏わずに、部屋の真ん中で踊り始めた。誰に向けたものでもない、しかし確実に「誰か」が見ていることを意識した、挑発的な舞踏であった。彼女は虚空に向かって微笑みかけ、あたかも恋人の腕に抱かれているかのように、自らの身体を抱きしめた。
「そこにいらっしゃるのでしょう? 私の旦那様」
 彼女の声は、鈴を転がすように軽やかで、それでいて底知れぬ嘲笑を含んでいた。
「姿は見えなくとも、わかりますわ。あなたの熱い視線が、私の肌を舐めるように動いているのが。あなたは、私なしではいられない、惨めな透明な影。私の美しさを食べることでしか、生きている実感を味わえない、卑しい寄生虫……」

 私は戦慄した。私は彼女を観察していたつもりであったが、実は彼女こそが、私の存在しない肉体を、その想像力によって定義し、支配し始めていたのである。彼女は、私という不可視の存在を、自らの虚栄心を満足させるための小道具へと堕としめた。
 彼女は、私の財産を使って、次々と新しい若い男を家へ招き入れるようになった。私は、それらすべてを傍らで見せつけられた。彼女が男と戯れる間、私はそのすぐ隣で、透明な歯を食いしばり、血の出ない拳を握り締めるしかなかった。私が彼女の肩を掴もうとしても、彼女はただ、窓から吹き込んだ風に驚くふりをして、男の胸に飛び込むのである。

 私は、再び可視の世界へ戻ろうと試みた。しかし、私が開発した薬液の副作用は、あまりにも残酷であった。私の代謝系は完全に変質し、いかなる化学的刺激を与えても、私の肉体が光を反射すること、つまり「色」を取り戻すことは二度となかった。私は、永遠に無の深淵に幽閉されたのである。

 そして現在。私は、瑠璃子の足元で、文字通り「床」として、あるいは「椅子」として日々を過ごしている。
 彼女は、私がそこに跪いていることを知っている。彼女が椅子に座る時、それは私の背中の上である。彼女が靴を脱ぎ捨てる時、それは私の頬を打つ。彼女は、空中に向かって、冷酷な命令を下す。
「喉が渇きましたわ。お茶を淹れてちょうだい。音を立てずに。存在しないように」
 私は、彼女に与えられた目に見えない首輪を繋がれ、台所へと這いずり、ティーカップを運ぶ。誰の目にも映らないそのカップが、宙を浮いて移動する様を見て、彼女は満足げに、そして残酷に微笑む。
「お上手ですわ、旦那様。あなたは本当に、私にとって最高の『道具』になりました」

 かつて私は、神のごとき視座を得るために、自らの肉体を捨てた。しかし、その結果手に入れたのは、一人の女の気まぐれに翻弄される、極めて具象的な地獄であった。
 私は、彼女という存在を定義するために透明になった。だが皮肉なことに、今の私は、彼女が私を「そこにいる」と認めるその一瞬の残酷な認識によってのみ、辛うじてこの世に繋ぎ止められている。
 彼女が鏡を見つめる時、そこに映る自分自身の完璧な美しさを称えるその瞳の奥に、私は、映ることのない自らの亡霊を見る。私はもはや、科学者でも、恋人でも、人間ですらない。私は、瑠璃子という偶像が、自らの輪郭を確認するために必要とした、透明な背景に過ぎないのだ。

 夜が更け、彼女が寝室の明かりを消す時、私は闇の中で静かに泣く。涙さえも透明で、誰にも気づかれることはない。その涙が、彼女の白く柔らかな足首を濡らしても、彼女はただ「不快な湿気ね」と呟き、冷たく私を蹴り飛ばすのである。
 透明であることの万能感は、徹底した屈従という完成形へと収束した。私は、彼女のいない世界では、もはや「不在」にすらなれない。この硝子の皮膚を持った偶像の影として、私は永遠に、無という名の檻の中で、彼女の肉体の温もりだけを栄養にして死に続けるのだ。