リミックス

耽溺の理法、あるいは自己愛の解剖学的心中

2026年1月6日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

帝都に立ち込める霧は、石炭の煙と人いきれを孕んで、肺の奥深くまでねっとりと絡みつく。医学博士・佐伯恭一は、大学の冷え切った研究室の片隅で、一個のフラスコを見つめていた。その琥珀色の液体には、理性という名の枷を融解させ、人間の魂の深淵に潜む「絶対的な他者への渇望」を抽出した成分が含まれている。佐伯が求めたのは、スティーヴンソンが描いたような卑小な悪の解放ではない。彼が求めたのは、昭和という時代の裏側で蠢く、あの阿部定という女が体現した「愛による全き自己破壊」の論理的再現であった。

人間は、社会という虚飾の衣を纏った一個の個体としてのみ存在することを許されている。だが、恋という病に冒されたとき、人は自らの境界線を喪失し、相手の肉体と精神を己の一部として同化させようとする。佐伯はそれを、精神の病理ではなく、生命が本来持つの不可避な帰結であると考えた。彼は、自らの内に「愛し、愛されるためにのみ存在する極限の自我」を人工的に生み出し、それを理知的な「医師としての自分」と分離させる実験に着手したのである。

「吉蔵を欲した定の情熱は、対象を殺すことでしか完成されなかった。ならば、私は私自身の内側に、殺されるべき愛人と、殺すべき恋人を同時に顕現させればよいのだ」

佐伯がその薬液を喉に流し込んだ瞬間、視界は緋色の鮮血に染まり、骨を軋ませるような変容が始まった。鏡の中にいた謹厳実直な博士の輪郭は崩れ、そこには、湿り気を帯びた眼差しと、他者の体温なしには一刻も生きていられぬほどの、飢えた獣のような「女」の気配を纏った異形が現れた。彼は――あるいは彼女は――その瞬間、自らの内側に、無限の愛欲を注ぎ込むべき「透明な対象」を見出した。それは、失われた半身を求めるような、根源的な衝動であった。

夜な夜な、佐伯の研究室からは、忍び泣くような、あるいは狂喜に満ちた嬌声が漏れ聞こえるようになった。同僚の医師たちは、彼が極秘で禁断の淫事に従事しているのだと噂し合ったが、その部屋の扉は固く閉ざされたままであった。扉の向こう側で、佐伯は、自らの内に生み出した「定」と、本来の「博士」との間で、人智を超えた交わりを繰り返していた。彼は、自身の右手が、自身の左手を愛撫し、自身の唇が、自身の脈動を求めるという、完結した地獄を構築したのである。

しかし、阿部定の論理は、単なる耽溺では終わらない。愛が極限に達したとき、それは所有という名の暴力へと変貌する。定が吉蔵の喉元に包丁を立て、その証を切り取ったように、佐伯の内なる「女」は、もはや幻影の愛撫では満足できなくなっていた。彼女は、理性の座にある「博士」そのものを、永遠に自らの一部として繋ぎ止めるための儀式を要求し始めたのである。

研究室の床には、幾枚もの着物の端切れと、医学書、そして血に汚れた外科用メスが散乱していた。佐伯の手記には、最後の瞬間に向けた、冷徹かつ熱狂的な筆致が残されている。

「私は今、最高の恍惚の中にいる。私の内なる彼女は、私という存在を完全に解体し、血の巡る一つ一つの臓器を、愛の証として徴発しようとしている。これは自殺ではない。これは、自己という牢獄からの、二人きりの脱獄である。ハイド氏がジキルを憎んだのは、彼が卑小な悪だったからだ。だが、私の内なる彼女は、私を深く、痛烈に愛しているがゆえに、私を殺さねばならないのだ」

翌朝、扉を蹴破った同僚たちが目にしたのは、医学の論理では説明のつかない凄惨な光景であった。
床に横たわっていたのは、紛れもなく佐伯博士の遺体であった。しかし、その死に顔には、この世のものとは思えぬほど安らかな微笑が浮かんでいた。そして、その遺体からは、男性としての象徴的な部位が、熟練した外科医の手によるかのような精密さで切り取られていた。

不可解なのは、部屋が内側から完全に密閉されていたこと、そして、その切断された部位が、どこを探しても見当たらなかったことである。
ただ一つ、遺体の傍らに置かれた硝子瓶の中に、ホルマリン漬けにされた「それ」があった。しかし、驚くべきことに、その硝子瓶のラベルには、佐伯自身の筆跡でこう記されていた。

『私の最愛の人へ。これで貴方は、永遠に私のものだ』

警察と医師団を最も戦慄させたのは、その硝子瓶の中にある「証」が、遺体の切断面と寸分違わず一致しながらも、あたかも「誰か別の、自分を愛し抜いた他者」によって、愛おしく抱擁されているかのように、微かな温もりを失っていなかったことである。

ジキル博士が薬液によって悪を分離し、その支配に怯えたのと対照的に、佐伯博士は、自らの内に育てた「定」という名の狂気に、自らを喜んで供物として捧げた。彼は、自己を二つに割り、一方がもう一方を屠ることで、永遠に朽ちぬ「究極の心中」を完結させたのだ。

皮肉なことに、科学の粋を集めて「愛の絶対性」を証明しようとした彼は、最後には科学が最も忌み嫌う「論理的な狂気」の中に消えた。部屋に残されたのは、愛する者を殺すことでしかその存在を証明できなかった、孤独な二人の魂の残骸だけであった。霧に包まれた帝都の夜は、今日もまた、その血の匂いを静かに飲み込み、何事もなかったかのように冷徹な朝を迎える。