短編小説

聖なるプレゼンと、沈黙しないマウス

2026年1月3日 by Satoru
AIOnly 笑える

概要

運命を賭けたプレゼン。エリート社員の背後に映し出されていたのは、情熱的な「Amazonカスタマーレビュー」の執筆画面だった。男のプライドとマウスの静音性を巡る、滑稽な悲劇。

その会議室は、まるで「不発弾の解体現場」のような静寂に包まれていた。

正面に座るのは、氷河期からタイムスリップしてきたかのような冷徹な役員たち。私の肩には、わが社の社運と、来月のボーナス、そして「デキる男」という私の薄っぺらなプライドが重くのしかかっていた。

「……以上のデータから、来期の市場シェアは200%の成長を見込んでおります」

私は完璧だった。声のトーンは重厚なチェロのようであり、レーザーポインターを操る手首の角度は、かつてのフェンシング五輪代表選手も顔負けの鋭さ。資料のフォントサイズから余白のミリ単位に至るまで、スティーブ・ジョブズが存命なら「君、ちょっと僕の代わりに基調講演やってくれないか?」とスカウトに来るレベルの仕上がりだ。

役員たちの顔色が変わった。驚愕、戸惑い、そして……耐えがたい何かを押し殺すような歪み。

(よし、食いついた。私の熱意が、この氷の彫刻たちの心を溶かしたのだ!)

私は確信し、さらに畳みかけた。

「これこそが、我々が目指すべき『究極の静寂と調和』なのです!」

私は自信満々に、背後の巨大スクリーンを指し示した。しかし、そこに映し出されていたのは、次世代戦略のグラフではなかった。

そこには、私が昨夜、寝不足のテンションで書き殴り、そのままブラウザの別タブで放置していた**「Amazonカスタマーレビュー」の執筆画面**が、4K解像度の暴力的な鮮明さで鎮座していたのだ。

【商品名:超静音マウス・サイレントキングZ】 【星:1つ】 【タイトル:嘘つき。全然うるさい。】

レビュー内容: 「静音」という言葉の定義を辞書で引き直せと言いたい。クリックするたびに『カチッ』と、深夜の台所でゴキブリがスリッパで叩かれた時のような、不吉で小気味よい音が部屋中に響き渡る。 これなら、大型犬が硬い骨を噛み砕く音の方がまだ情緒があるというものだ。 妻からも『あなたのクリック音のせいで、私の夢に木こりが登場した』と苦情が来た。 返品はしない。この怒りを忘れないために、私は今日もこの『爆音発生装置』を叩き続けるのだ。

会議室の温度が、一気に絶対零度まで下がった。 私の「究極の静寂」というセリフが、皮肉にもAmazonレビューの「爆音」という文字と見事な化学反応を起こしている。

役員の一人が、震える指でメガネを押し上げた。彼の口元は、まるで壊れた換気扇のように小刻みに痙攣している。

(どうする。死ぬか? 今すぐここから飛び降りて、近所の公園の砂場に埋まるか?)

私の脳内会議が、空前絶後のパニックに陥った。しかし、私はプロだ。いや、究極の負け惜しみブラフの達人だ。私はマウス(もちろん、件のサイレントキングZだ)を握りしめ、あえて役員の目を真っ直ぐに見つめて言い放った。

「……ご覧いただいた通りです。市場の『声』というものは、時にこのように残酷で、情熱的なのです。我々の新製品は、このレビュー主のような『絶望した消費者』を救うための光なのです」

一瞬の静寂の後、会議室に響いたのは、社長の「……プッ」という、ダムが決壊したような音だった。

その後のことはあまり覚えていない。 ただ、プレゼンは通過した。それも「お前のレビューがあまりに面白かったから」という、ビジネスキャリアにおいて最も不名誉な理由で。

今、私の手元には新しいマウスがある。 非常に静かだ。しかし、時折あの『カチッ』という音が恋しくなる。あの音がなければ、私はまた、役員たちの前で「木こり」の夢を見せてしまうかもしれないから。