【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『小僧の神様』(志賀直哉) × 『あしながおじさん』(ウェブスター)
石畳を濡らす霧が、重油と安価な煙草の匂いを孕んで街の肺腑に沈殿していた。時計職人の徒弟として、私はその街の最底辺にいた。指先は常に微細な歯車と潤滑油にまみれ、爪の間に染み付いた黒い汚れは、どれほど安石鹸で擦っても私の階級を饒舌に物語っていた。
私の世界は、直径三センチメートルの真鍮の円盤の中に閉じ込められていた。親方も先輩職人も、私を「小僧」とすら呼ばず、ただ「おい」あるいは「役立たず」と呼んだ。私は呼吸する機械の部品であり、それ以上の価値を持たない。空腹は私の恒常的な伴侶であり、街角の屋台から漂う焼き穴子の香ばしい匂いは、私にとって神の領域に属する、触れてはならない聖遺物のようなものだった。
あの日、私は店の使いで、霧の向こう側にある「白磁の街」へ向かった。そこは、私のような人間が立ち入ることさえ憚られる、静謐と富が支配する空間だった。用件を済ませた帰り道、私は一軒の料理屋の暖簾の前で立ち止まってしまった。硝子窓の向こうで、白衣を着た男が、宝石を扱うような手つきで贅を尽くした鮨を握っていた。
私は、自分の胃袋が裏返るような屈辱的な空腹を感じた。一貫でいい。あの白く輝く米の塊と、銀色に光る小肌を、この汚れた口に放り込むことができたなら。だが、私の懐には一銭の銀貨もなかった。私はただ、硝子に鼻を押し付け、獣のような眼差しで内側を凝視するしかなかった。
その時、背後に長大な影が伸びた。
振り返ると、そこには霧の中から抽出されたような、異様に背の高い男が立っていた。外套の裾は地面を這い、街灯の光を浴びたその影は、まるで不自然に脚の長い蜘蛛――足長おじさんのようだった。彼は何も言わなかった。ただ、一対の冷徹な、しかしどこか哀れみを含んだ眼差しで私を射抜いた。
彼は無造作に暖簾を潜り、店内にいた主人に何かを囁いた。そして、私の方を一度も振り返ることなく、再び霧の彼方へと消えていった。
「おい、小僧。こっちへ来い」
主人の声に導かれ、私は夢遊病者のようにカウンターへ座らされた。目の前には、私が一生かけても稼げないような金額の、最高級の鮨が並べられた。
「あの方が、君の分はすべて支払った。好きなだけ食え。ただし、礼はあの方にではなく、天に捧げるんだな」
私は震える手で、その神々しい肉塊を口に運んだ。それは官能的なまでに甘美で、同時に、私の魂を永遠に汚染する毒薬でもあった。食べた瞬間、私は自分が「施される側」の人間であることを、細胞の隅々にまで刻印されたのだ。
それから一週間後、私の運命は物理的な崩壊と再構築を経験した。
親方の元に一通の手紙と、莫大な額の小切手が届いた。私は徒弟の契約を解除され、全寮制の貴族学校へと送り込まれることになった。差出人の名は伏せられていた。ただ、唯一の条件として、「週に一度、自分の精神状態と学業の進捗を、指定の住所へ書き送ること」が課せられた。
私は、あの影に宛てて手紙を書き始めた。
「親愛なる、私の不可視の神様へ」
学校での生活は、私を徹底的に解体した。私は洗練された言葉遣いを学び、ラテン語を解し、カントの純粋理性批判を読み解いた。しかし、知識を得れば得るほど、あの日の「鮨」の味が、胃の底で腐敗していくのを感じた。
私に教育という光を与えたのは、神の慈悲ではない。それは、一種の実験ではなかったか。泥の中に沈んでいた一匹の虫を、ピンセットで摘み上げ、高貴な香水の漂うサロンに置いたとき、その虫がどのような苦悶を浮かべて変態を遂げるか。それを観察する冷徹な知性が、あの「足長おじさん」の正体ではないか。
私は手紙に、学問の成果ではなく、増大する自己嫌悪と、他者の善意に寄生して生きることの耐え難い重圧を綴った。
「あなたは私を救ったのではありません。あなたは私に、『自分が救われなければならない存在である』という呪いをかけたのです。私の品格、私の知性、私のこの清潔な皮膚さえも、すべてはあなたの所有物だ。私はあなたの操り人形であり、私の思考さえもが、あなたの投資に対する配当に過ぎない」
私は、私を助けた男を憎んだ。志賀直哉が描いたあの「小僧」が、鮨を与えた貴族の男を神と崇めながらも、その実、その男の鼻持ちならない特権意識を無意識に嗅ぎ取っていたように。私は、ウェブスターのヒロインが抱いたような天真爛漫な憧憬を持つことはできなかった。私にあるのは、施しという名の暴力に対する、静かな、しかし苛烈な復讐心だった。
卒業の目前、私はついにその「神」の居場所を突き止めた。
指定された住所は、街の最も高い丘の上に立つ、石造りの館だった。私は懐に、最初の一週間で貯めたわずかな硬貨と、あの日食べ残した鮨の記憶を象徴するような、干からびた一切れのパンを忍ばせていた。それを彼の顔に投げつけ、この屈辱的な契約を終わらせるつもりだった。
館の書斎で私を待っていたのは、病床に横たわる老人だった。かつての長大な影は失われ、そこには死の臭いに怯える一人の脆弱な人間がいた。
「ああ、君か……。立派になったな」
老人の声は掠れていた。彼は私を、自らの最高傑作を見るような眼差しで見つめた。
「私はね、ただ、自分が『神』になれるかどうかを試したかったのだ。一人の人間の運命を根底から覆し、無から有を創り出す。その全能感だけが、死にゆく私の唯一の慰めだった」
私は、用意していた罵倒の言葉を飲み込んだ。
老人の告白は、私の復讐心さえも無価値なものに変えた。彼は私を愛していたわけでも、私の才能を信じていたわけでもない。彼はただ、自らの死の恐怖を紛らわせるために、私の人生という劇場を買い取ったに過ぎなかった。
「お前は、私に感謝しているか?」
老人は震える手で私の袖を掴んだ。その眼には、救いを求める子供のような卑屈さが宿っていた。
その瞬間、私は理解した。
論理的な必然として、この関係における「神」の座は逆転したのだ。
彼は私にすべてを与えた。富も、教育も、未来も。しかし、それによって彼は、自らの救済を私の「感謝」という不確かな感情に委ねてしまった。彼が私を救ったのではない。彼が救われるために、私の存在が必要だったのだ。
私は、彼の手を冷たく振り払った。
「いいえ。私はあなたを軽蔑しています。そして、私自身をそれ以上に軽蔑しています」
老人の顔から血の気が引いた。彼は喘ぎながら、何かを言おうとしたが、言葉にはならなかった。
「あなたは私を人間として育てた。それがあなたの最大の誤算です。人間にされた私は、自分を玩具として扱ったあなたを許すことができない。それが、あなたが私に与えた『教育』の論理的な帰結です」
私は書斎を出た。
背後で、老人が崩れ落ちる音が聞こえた。それは、一人の偽りの神が、自らが生み出した「知性」という被造物によって殺害された音だった。
表に出ると、霧は晴れていた。
私は高級な外套を脱ぎ捨て、石畳の上に捨てた。足元には、かつての徒弟時代と同じ、冷たい泥が広がっていた。私は自由になった。しかし、それは何一つ持たない、餓死を待つだけの自由だった。
私は、かつて鼻を押し付けたあの鮨屋の方角へと歩き出した。
胃の中には、あの日以来消えることのない、焼け付くような空腹が居座っていた。それはもはや、食物では満たされない。私は、自らを救った「善意」という名の悪意を、生涯をかけて咀嚼し続けなければならないのだ。
空には、冷ややかな月が浮かんでいた。
それは、誰の祈りも聞き届けない、真の神の眼差しのようにも見え、あるいは、無残に潰された蜘蛛の死骸のようにも見えた。