【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『人間失格』(太宰治) × 『変身』(カフカ)
目覚めたとき、私の意識は沈殿した不純物のように、重く、濁っていた。枕元に置かれた安物の目覚まし時計が、心臓の鼓動を嘲笑うような無機質な音を刻んでいる。私はいつものように、今日という一日を乗り切るための「人間の顔」を貼り付けようとして、己の指先が、もはや皮膚という柔らかな境界線を喪失していることに気づいた。
指は、節くれだった節足動物の脚のように変貌を遂げていた。爪は黒く変色して鋭く反り返り、手の甲を覆っていたはずの産毛は、硬質なクチクラ層の鱗片に取って代わられている。私は戦慄し、布団の中で身体を捩らせたが、背中に感じたのは、かつてのしなやかな脊椎の感触ではなく、巨大な甲虫の背を思わせる、冷たく、鈍い光沢を放つ殻の重みであった。
恥の多い生涯。そんな使い古された言葉が脳裏をよぎる。私は、他者の期待という名の檻の中で、道化を演じることによってのみ生存を許されてきた。人々が喜ぶ冗談を言い、場を和ませるために自身の尊厳を切り売りし、内面で渦巻く黒い泥のような恐怖を、陽気な仮面の裏側に隠匿してきたのだ。しかし、神という名の無慈悲な彫刻家は、ついに私の内実を、外皮へと引き摺り出すことに決めたらしい。
「ヨシ、起きているのかい? もう朝食の時間ですよ」
扉の向こうから、姉の抑揚のない声が届く。私は返事をしようとして、喉の奥から這い出してきた音に、自ら戦慄した。それは言語ではなく、乾いた木片を擦り合わせたような、耳障りな摩擦音だった。私は慌てて口を押さえようとしたが、鋭利な爪が自身の頬――否、もはや頬と呼ぶべき場所はなく、そこには硬い殻が張り巡らされていた――を、虚しく引っ掻くだけだった。
私は絶望とともに理解した。私の「人間失格」は、ついに精神の領域を超え、物理的な確定事項となったのだ。他人の顔色を窺い、その反応に一喜一憂し、絶えず「正常な人間」の振る舞いを模倣し続けてきた私の努力は、この醜悪な肉体という真実の前に、音を立てて崩れ去った。
ベッドから這い出そうとすると、無数に増えた脚が勝手な方向に蠢き、私を床へと叩きつけた。重厚な殻が畳にぶつかり、鈍い音が部屋に響く。私は仰向けになり、天井を見上げた。かつてそこにあったはずの、青白く繊細な人間の肌は、今や冷徹な論理によって構築された「不適合者の制服」に覆われている。
扉の取っ手が回る。私は必死に、部屋の隅にある古い箪笥の陰へと身を潜めた。姉が入ってくる。彼女の視線は、無惨に散らかった部屋を一瞥し、そして私のいる影へと向けられた。私は、恐怖のあまり失禁しそうになったが、もはや排泄の機能さえも、この異形の身体においては未知の法則に従っているようだった。
「あら、どこへ行ったのかしら。だらしない。またどこかで酒でも飲んで、道端で寝ているのではないでしょうね」
姉の言葉には、驚きも、恐怖もなかった。そこにあるのは、ただ、役立たずの身内に対する、乾いた蔑視だけだった。彼女の目には、私のこの異形な姿が見えていないのだろうか。それとも、私という存在は、彼女たちにとって最初から「このようなもの」として定義されていたのか。
私は、箪笥の陰から、彼女の足元を凝視した。彼女の履いているスリッパの、わずかな汚れ。彼女が手にするトレイに乗った、冷めた味噌汁の匂い。それらすべてが、私という異物から、圧倒的な距離を持って隔絶されていた。私は、自らが演じてきた「道化」が、実は他者の視線という名の鏡に映った虚像に過ぎなかったことを悟った。鏡が割れれば、後に残るのは、このような意味を成さない塊なのだ。
数日が経過した。私は、家族という名の監視者たちから、完全に「いないもの」として扱われ始めた。彼らは、私の部屋に時折、腐りかけた残飯を放り込んでいくようになった。彼らの会話から、私の不在が世間に対しては「療養中」として処理されていることを知った。皮肉なことに、私が必死で守ろうとした「世間体」は、私がいなくなることで、より完璧に維持されていた。
私は、暗い部屋の隅で、自分の殻を磨くことに没頭した。この殻は、他者の悪意を跳ね返し、期待を屈折させ、無関心を滑り落とさせる、唯一の聖域だった。私はもはや、誰かを笑わせる必要も、誰かの機嫌を損ねることに怯える必要もない。この不潔な静寂の中で、私は初めて、自分自身という重力から解放されたような気がした。
しかし、その安寧は長くは続かなかった。
ある夜、父が私の部屋に足を踏み入れた。彼は手に、古い革製のカバンを持っていた。かつて、私に厳格な道徳を説き、私の不甲斐なさを冷たく詰った父。彼は、部屋の隅で丸まっている私を一瞥し、低く、しかし明確な声で言った。
「見苦しいな。化け物になるなら、せめてもう少し、物語に耐えうる姿になればよかったものを」
父は、私という存在を「生物」としてではなく、「演出上の失敗作」として切り捨てた。彼はカバンから一束の書類を取り出し、私の目の前に投げ捨てた。それは、私の名義で契約された多額の保険金請求書だった。
「お前が死ぬことで、この家はようやく救われる。お前の『人間失格』という演劇は、ここで完結だ。幕を下ろせ」
父は冷徹な眼差しで私を見下ろした。その瞳の奥には、私と同じ、いや、私以上に空虚な「非人間」の闇が広がっていた。彼は私が異形化したことを嘆いているのではない。私が「金になる異形」として機能しなかったことを、論理的に責めているのだ。
私は、動かなくなった脚を引きずり、父の足元に擦り寄ろうとした。許しを請うためではない。ただ、この殻の感触を、彼の温かなはずの肉体に押し付け、その反応を確かめたかった。だが、父は嫌悪の情を微塵も見せず、ただ事務的に、私の背中の殻をステッキで一突きした。
鋭い痛みが、神経を駆け抜ける。しかし、それは肉体的な苦痛というよりも、私が抱いていた「自分は特別に不幸である」という選民意識が、無残に粉砕される痛みだった。
私は理解した。私がこの姿になったのは、呪いでも、奇跡でもない。私の内面にある「他者への恐怖」と「自己への嫌悪」が、単に物理的な効率を求めて、この形を選択したに過ぎないのだ。そして、社会という巨大な歯車にとって、私は「人間」であれ「虫」であれ、ただの摩耗した部品に過ぎなかった。
父が去った後、私は静かに窓際へと這い寄った。月光が、私の黒い殻を冷たく照らし出す。私は、自分が抱えていた「羞恥」の正体を知った。それは、自分が他人と違うことへの恐れではなく、自分が他人にとって「代えの利く存在」でしかないことへの絶望だったのだ。
私は、自らの鋭い爪を、自らの腹部にある、唯一の柔らかい隙間に突き立てた。内側から溢れ出してきたのは、血ではなく、透明で、無臭の液体だった。それは、私が一生をかけて溜め込んできた、嘘と、涙と、無意味な言葉の残滓だった。
意識が遠のく中、私は窓の外に広がる街の灯りを見た。そこには、数え切れないほどの「人間」たちが、それぞれの仮面を被り、それぞれの殻を内側に隠し持ちながら、うごめいている。私は彼らの一人であり、同時に、彼らから永遠に放逐された者だった。
翌朝、家族が部屋を訪れたとき、そこに残されていたのは、ひび割れた茶色の殻だけだった。中身は完全に揮発し、ただの空虚な容れ物が、朝日を浴びて転がっていた。
「片付けておきなさい」
母の声が、廊下に響く。
「ああ、ゴミの日は明日だったかな」
姉の返事。
彼らは、私が死んだことさえ気づかなかった。いや、彼らにとっての「私」は、すでに数十年前に死んでおり、昨日までそこにいたのは、ただの「処理待ちの荷物」だったのだ。私の死は、何一つの悲劇も、何一つの喜劇も生まなかった。それは、一滴の水が海に返るような、あまりにも論理的な、そして完璧な帰結だった。
私はついに、誰にも見つかることなく、完璧に「人間を辞める」ことに成功したのである。それが、私という道化に与えられた、唯一にして最後の、完璧な皮肉であった。