概要
あらゆるものが腐敗する世界で、人々は肉体に塩を擦り込んで生き長らえていた。その醜い日常を嫌悪し、不変の「金」になることを願った男。願いは叶い、男は輝く肉体を手にするが、その完璧な不変こそが、彼を「人間」から「ただの資源」へと突き落とす。自らの願いによって切り刻まれていく男が、最後に直面したあまりにも皮肉な救いとは。
金と岩塩
その土地では、あらゆるものが腐敗の脅威にさらされていた。湿った風は肉を蝕み、放置された果実はまたたく間に黒い泥へと姿を変える。人々がその進行を食い止めるためにすがったのは、大地から掘り出される岩塩だった。
死者の体には岩塩が詰め込まれ、生者の肌にも岩塩が擦り込まれた。人々は塩を蓄え、塩を消費することで、かろうじて己の形を維持していた。塩を失うことは、すなわち原形を留めぬ崩壊を意味していた。
男は、その日常を心底から嫌悪していた。塩を擦り込まれた老いた人々の肌は、まるで使い古された茶色の革袋のようにひび割れ、特有の刺激臭を放っている。
一方で、街の中央神殿には、決して腐ることのない黄金の像が鎮座していた。金は風に晒されても色褪せず、どれほど時間が経過してもその輝きと輪郭を失わない。
男は考えた。 塩は、腐敗を遅らせるだけのその場しのぎに過ぎない。だが、自分自身が金になれば、永遠の不変を手に入れられるのではないか。
男は家財をすべて売り払い、生涯をかけて集めた岩塩を、禁じられた技術を持つとされる鋳物師のもとへ運んだ。 この岩塩をすべてやるから、代わりに、私の肉体を金に換えてくれ。
鋳物師は、山のような岩塩を一つ残らず炉に投げ込んだ。白い結晶は激しい炎の中で昇華し、その熱気が男の毛穴から体内へと浸透していった。
やがて、男の皮膚は硬質に輝き始め、関節の動きは鈍くなった。最後に心臓が重い音を立てて冷えると、そこには完璧な黄金の人間が立っていた。
男は歓喜した。もう塩を擦り込む必要はない。自分の体は、もはや腐敗という概念を超越したのだ。
しかし、黄金となった男には、肉体を維持する上での致命的な誤算があった。 金は、岩塩よりもはるかに重かった。
男が神殿の広場へ歩みを進めようとすると、石畳が悲鳴を上げて砕けた。一歩進むごとに足は地面深くへと沈み込み、ついに男は膝まで土に埋まったまま動けなくなった。
男は通行人に助けを求めようとしたが、金の喉からは金属同士が擦れる鈍い音しか出なかった。
街の人々が集まってきた。彼らは、地面に突き刺さった巨大な黄金の塊を見て目を剥いた。 これは奇跡だ、天から金が降ってきたのだ、と口々に叫んだ。
彼らは、男を人間として認識しなかった。人々の目に映るのは、自分たちの生活を数百年分は潤してくれるであろう、膨大な量の資源だった。 これだけあれば、隣国から一生分の岩塩を買い占めることができるぞ。
一人が歓喜の声を上げ、家から大きな鑿と槌を持ってきた。
男は、自分の腕が削り取られるのを、ただ静かに見つめていた。金となった神経は、痛みすらも不変の静寂の中に閉じ込めていた。
その日の夕暮れまでに、男だったものは小さな破片に分けられ、街中の家々の袋に収まった。
その冬、街の人々はかつてないほど大量の岩塩を手に入れ、死者も生者も、これまでにないほど丁寧に、分厚く、塩にまみれた。 街には、ただ塩の匂いだけが立ち込めていた。