リミックス

陥落する椅子、血脈の虚室

2026年1月13日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

 その館の輪郭は、夕刻の重苦しい湿気の中に沈み込みながら、あたかも自己自身の重みによって地面へと埋没しようとする、巨大な病巣のように見えた。
 私の名はエドガー・乱。家具職人としての名声を、極めて倒錯した方向に費やしてきた男である。私がこの「アッシャーの家」とも称される、人里離れた湿地帯に佇む古色蒼然たる邸宅に足を踏み入れたのは、主人であるロデリック・アッシャーからの、常軌を逸した依頼に応えるためであった。
 彼が私に求めたのは、単なる椅子の修繕ではない。それは、一族の血脈を保存し、滅びゆく魂を物理的に繋ぎ止めるための「器」の構築であった。

 館の内部は、外観以上に腐敗の芳香に満ちていた。壁を這う蔦は毛細血管のように脈打ち、高い天井からは、名前も知らぬ太古の埃が雪のように降り積もっている。ロデリックの顔色は、死者のそれと見紛うほどに青白く、その鋭敏すぎる五感は、風のささやきさえも彼に激痛を与えるようであった。
「エドガー君、この家は、私という個人の肉体を超えた、一つの有機的な思考体なのだ」
 彼は震える指先で、書斎の中央に据えられた、巨大な黒檀の椅子を指差した。
「私は、これになりたい。この家に脈打つ呪いと、私の中に流れる汚泥のような血を、一つの形へと鋳造してほしいのだ。君の技術ならば可能だろう? 人間を、静止した物体へと昇華させることが」

 私は、彼の言葉を狂人の妄言として退けることはできなかった。なぜなら、私自身がその瞬間に、椅子の内部という「特異点」の虜になっていたからだ。
 私はその日から、書斎に籠り、椅子の内部を改造し始めた。江戸川乱歩が描いたあの不気味な隠れ家を、私はより完璧な、論理的な精密さをもって再現したのである。椅子のクッションの下には、人間の脊椎を支えるための特別なバネが仕込まれ、肘掛けには、指先から伝わる微細な振動を館全体に増幅させるための共鳴板が設置された。
 私は、その椅子の空洞に身を潜めた。
 当初は、ロデリックが望む「器」が正しく機能するかを確認するための試験的な滞在であった。しかし、厚い革とビロードの層に包まれたその暗黒の中で、私の意識は急速に溶解していった。
 視界を奪われた代わりに、触覚が異常なまでの拡大を見せた。革の膜一枚を隔てて、そこに座るロデリックの体温、彼の震える心臓の鼓動、そして彼の皮膚から立ち上る、死を予感させる芳香。
 私は彼を抱擁していた。いや、私は彼そのものになっていた。

 数週間が過ぎた頃、館の空気は一層の不穏さを増した。ロデリックの双子の妹、マデリンが亡くなったという知らせが、椅子の微細な振動を通じて私の全身に伝わってきた。
 彼女の亡骸は、椅子の真下、地下の石棺に納められた。その夜から、館は呻き始めた。壁の亀裂が広がり、床板が奇怪なリズムで鳴る。私は椅子の内部で、冷徹な論理を組み立てていた。
 この館は、一つの生命体である。そして、その中枢神経は今、この椅子の中に潜む私に繋がっている。マデリンの死は、このシステムの崩壊を意味するのではない。むしろ、不純物を取り除き、完璧な「無」へと至るための通過儀礼なのだ。

 ある嵐の夜、事態は極点に達した。ロデリックは、私の潜む椅子に腰掛け、狂おしいほどに身体を震わせていた。
「聞こえるか……? 彼女の爪が、石棺の内側を削る音が。彼女は、まだ死んでいない。いや、死んでいることが、彼女の生存の形式なのだ」
 彼の言葉は、もはや音声ではなく、私の背中を圧迫する椅子のバネを通じて直接脳内に流れ込んできた。
 その時、私は理解した。ロデリックが私に依頼したのは、単なる隠れ場所を作ることではなく、彼自身を「物体」として保存し、永遠に館の記憶を反芻するための、非人間的な装置を完成させることだったのだ。

 重厚な扉が、突如として開け放たれた。暴風雨が部屋に乱入し、蝋燭の火を消し飛ばす。稲妻の閃光が、入口に立つマデリンの姿を浮き彫りにした。彼女の白い経帷子は血に染まり、その瞳には現世の光は宿っていない。
 ロデリックは叫びを上げ、彼女の元へと駆け寄った。彼らは激しく絡み合い、そのまま床へと崩れ落ちた。
 その瞬間、椅子の内部で、私はある一つの「必然」に気づき、静かに戦慄した。

 ロデリックは、私をこの椅子の中に呼び寄せたのではない。
 彼は、この椅子を、私という人間の形状に合わせて設計させたのだ。
 私は、彼に頼まれて椅子を作ったのではない。私は、この館の意志によって、椅子の一部として「培養」されたのだ。
 ロデリックとマデリンが共倒れになった今、この館の主は、物理的に椅子と一体化した私に他ならない。しかし、主を失った館は、もはや存在を維持する理由を持たない。

 轟音とともに、館の背後に刻まれた巨大な亀裂が、地底へと向かって口を開けた。
 私は椅子の暗闇の中で、最後の皮肉を噛み締めていた。
 私は、最高の座り心地を追求した。人間であることを捨て、無機物の快適さを極限まで高めた。その結果として得られたのは、崩落する瓦礫の中で、何一つとして傷つくことのない「完璧な沈黙」であった。
 私は動かない。逃げることも、声を上げることもできない。私は、私自身の傑作の中に閉じ込められた、永遠の亡霊となったのである。

 アッシャーの家が湿地帯の泥水の中に飲み込まれていくとき、月の光が最後に照らし出したのは、水面にぽっかりと浮かび上がった、一脚の豪華な、そして異様に重厚な黒檀の椅子であった。
 その椅子は、誰を乗せることもなく、ただそこに存在する。
 しかし、もし誰かがその椅子のクッションに手を触れたなら、きっと感じるはずだ。冷たい皮革の奥底で、まだ止まることのない、卑屈で、それでいて強靭な、一人の男の心臓の鼓動を。

 それが、一族の最後であり、私の芸術の完成であった。
 論理は完結し、重力は消失した。
 後に残ったのは、ただ、静謐な廃墟の記憶だけである。