【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『野性の呼び声』(ジャック・ロンドン) × 『高野聖』(泉鏡花)
天と地を峻別する絶壁の縁、あるいは氷鎖に閉ざされた飛騨の最奥。雪はもはや天から降るものではなく、大地の底から湧き上がる白き魔物であった。僧、白翁がその足跡を刻むたびに、雪原は骨の軋むような悲鳴を上げた。彼は法衣の下に、もはや経文では抑えきれぬ「何か」を飼っていた。それは空腹という卑近な衝動を超えた、生命そのものが根源的に希求する咆哮の種火であった。
霧の帳が不意に裂け、視界に現れたのは、人里離れた深山に似つかわしくぬ、妖艶なまでの朱塗りの門であった。その奥に佇む一軒の庵。そこには、雪の白さをも凌ぐ肌を持つ女が、無数の獣たちを従えて座していた。猿、猪、そして傷ついた名もなき野犬。それらは一様に、女の足元で魂を抜かれた抜け殻のように跪いている。
「お坊様、この雪の中、どこへ向かわれるのです。慈悲の心をお持ちなら、この子たちの仲間になってくださらないこと?」
女の声は、凍てつく空気を震わせる銀鈴のようでありながら、その響きには粘りつくような獣の体温が混じっていた。白翁は錫杖を突き、女の瞳を凝視した。その瞳の奥には、彼が文明という名の檻の中で捨て去ったはずの、原始の森の影が揺らめいていた。
「私は浄土を求めて歩んでいる。獣の群れに安らぎを求めるためではない」
白翁の言葉に、女は艶然と微笑んだ。彼女が指を鳴らすと、一頭の巨大な黒犬が僧の足元に摺り寄った。その犬の眼差しは、驚くほどに理性的で、かつ絶望に満ちていた。それはかつて、この峠を越えようとした修行僧の成れの果てであった。女は、人間の「高潔な魂」という名の皮を一枚ずつ剥ぎ取り、その下に潜む「無垢な獣」へと先祖返りさせる業を持っていたのである。
その夜、庵の炉端で白翁は悟った。彼を突き動かしてきたのは、仏への帰依ではなく、自らの血の中に脈打つ、名もなき祖先の記憶であった。雪嵐の音は、いつしか太古の遠吠えに変わり、彼の鼓動と同期し始める。文明が積み上げた道徳、慈悲、論理。それらはこの極寒の暴力の前では、薄氷よりも脆い飾りに過ぎない。
女は白翁の肩に手を置き、耳元で囁いた。
「お前の中にいる『彼』が目覚めたがっているわ。鞭で打たれ、棍棒で教え込まれた偽りの自分を捨てなさい。ここにあるのは、ただ喰らうものと、喰らわれるもの。それだけの美しい世界よ」
白翁は、自らの指先が鋭い鉤爪へと変貌していく幻想を見た。いや、それは幻想ではなかった。彼の背骨は野性の律動に合わせて湾曲し、喉の奥からは読経ではなく、湿った唸り声が漏れ出した。ジャック・ロンドンが描いたバ buck の如く、彼は文明の重荷を脱ぎ捨て、魂の深淵に潜む「支配的原始獣」の座を奪還しようとしていた。
しかし、泉鏡花の描く幻想は、単なる野生への回帰を許さない。女の魔力は、人を獣に変えることで支配下に置く「愛欲の鎖」であった。
白翁は、女の首筋に顔を寄せた。彼女は勝利を確信し、その柔らかな喉元を差し出した。だが、白翁が放ったのは、愛欲の愛撫ではなく、獲物の急所を正確に断ち切るための、冷徹なまでの牙の閃きであった。
僧としての自制心が消え失せた瞬間に現れたのは、女が期待したような「家畜化された獣」ではなかった。それは、数万年の凍土を生き抜いてきた、法も愛も通用しない、純粋な「生存の意志」そのものであった。
「私は……浄土を見つけたぞ」
白翁の言葉は、もはや人間の言語を成していなかった。彼は女の喉笛を噛み砕き、その鮮血を雪原に撒き散らした。女の支配していた獣たちが一斉に咆哮を上げ、新たな王の誕生に戦慄する。女は絶命する間際、自らが育て上げた「野性」が、自らの小細工を軽々と踏み越えていった皮肉を、その濁りゆく瞳に焼き付けた。
白翁は、朱塗りの門を背にし、さらなる高み、極寒の頂へと歩み出した。背後には、かつて人間であった獣たちが、主を失い、ただの肉の塊となって雪に埋もれていく。
彼が辿り着いたのは、慈悲に満ちた極楽浄土ではない。そこは、最強の者のみが呼吸を許される、静寂と暴力が結晶化した「飢狼の浄土」であった。白翁は月を見上げ、長く、鋭い遠吠えを上げた。その声には、聖者としての誇りも、罪人としての悔恨も、微塵も含まれていなかった。
夜明けの光が、新雪の上に残された巨大な四足の足跡を照らし出す。そこには、一巻の経文が、千切れた法衣とともに無造作に捨て去られていた。文明という名の枷を脱ぎ捨てた聖者は、今や、神にも仏にも制御し得ぬ、最も気高く、最も残酷な獣へと昇華を遂げたのである。
これが、彼が一生を賭して求めた「解脱」の正体であった。皮肉にも、彼を最も人間から遠ざけたのは、彼が最も熱烈に追い求めた「純粋さ」への渇望だったのだ。